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米山秀隆「不動産の真実」

シングルマザー移住者を、金銭支給と仕事提供で呼び込むまち

文=米山秀隆/富士通総研経済研究所主席研究員

移住者のターゲットを絞る戦略

 近年は東京圏への人口移動が増える一方、人口減少に悩む地方では、空き家などに移住者を呼び込む競争が激しくなっている。移住者呼び込みのため、手厚い経済的支援を行っている自治体も少なくない。こうした施策の多くは、広く地域への移住者を求めるものであるが、ターゲットが広くなると、訴える力が弱くなるという難点がある。

 これに対し、移住者呼び込みの戦略として最近注目されているのは、自治体にとって来てもらいたい人材のターゲットを絞り、重点的に支援するというものである。

 このタイプの人材呼び込み策として、第一に、現に手に職を持つ人にターゲットを絞り、地域産業振興などに資する人材を優遇して迎えるというものがある。第二に、地域活性化に資する具体的な事業の提案を募集し、優秀者に活動資金を与え、実際に起業してもらうというものがある。第三に、地域で不足する職種、例えば介護職に就いてもらう条件で、シングルマザーなど特定の人に来てもらうというものがある。

 いずれもターゲットは絞られるが、ターゲットになる人に深く訴え、挑戦してみようという気を起こさせる点で共通している。自治体にとっては、第一のタイプは手に職を持っているため、職の心配をする必要がなく、第二のタイプはその提案を実現するための支援を行えばよい。第三のタイプは、働く場はすでに決まっている。いずれも職がないことによって、移住する人がいないとの心配をする必要がない。第一のタイプとしては大分県竹田市、第二のタイプとしては島根県江津市、第三のタイプとしては島根県浜田市がある。

大分県竹田市の伝統工芸職人の呼び込み

 竹田市は大分県南西部に位置し、75歳以上の割合が全国1位になるなど、高齢化と人口減少が著しく進展している。都会から農村への移住・定住の受け皿となるため、2009年から、移住者へのワンストップサービス、空き家の改修費補助などの施策を打ち出してきた。

 なかでも特徴的な施策が、竹工芸・紙すき・陶芸などの分野で、空き家・空き店舗を活用して起業する場合の補助制度(最大100万円)である。移住者を募る場合にネックになるのが、職の確保である。竹田市のこの仕組みは、地域の伝統工芸の分野で、すでに手に職のある人に移住してもらうことにより、職の問題を解決しようというものである。12年には全国に知られる大阪府出身の竹工芸家が移住するなど、10件以上の補助を行っている。

 さらに、職人や芸術家の移住を支援するため、14年には移転して使わなくなった中学校の校舎に、レンタル工房施設である「竹田総合学院」を開設した。竹田市にはこれまでに250人以上が移住したが、その多くが40歳代までと若く、仕事は農業、観光のほか、竹工芸や陶芸などの職人や芸術家となっている。こうして竹田市では、伝統工芸職人や芸術家へのサポートが充実したまちというイメージが定着した。

島根県江津市のビジネスプランコンテスト

 江津市は島根県西部に位置し、島根県内の自治体のなかでも早くから人口減少、高齢化が進行してきた。空き家バンクを通じた移住受け入れに熱心に取り組み、空き家の利用実績はこれまで250件以上にのぼる。

 リーマンショックの前後には地場産業の衰退や誘致企業撤退などにより、多くの雇用が失われた。そこで江津市では、これまでの定住支援の実績を活かし、新たな雇用創出策を検討することになった。そこで出てきたアイディアが、江津市で起業するビジネスプランのアイディアをコンテスト形式で募るというものであった。

 10年から開催され、これまで、若者と地域企業をつなぐインターンシップ事業、竹炭を使った鶏卵づくり、家具のデザイン・制作、江津産の大麦や県内産の米・麹、ゆずなどを使ったクラフトビール製造など、地域密着のビジネスプランが実現された。受賞者の活動を見て移住してくる人や、おもしろそうなまちだと移住してくる人が増えるなどの波及効果も生じるようになり、江津市には、意欲の高い移住者が集まってくるようになった。

島根県浜田市のひとり親の呼び込み

 浜田市は島根県西部に位置するが、14年5月に日本創成会議(増田寛也座長)が発表したいわゆる「増田レポート」で「消滅可能性都市」とされたことで危機感が高まった。これに対応するため、市の女性職員有志によるプロジェクトが立ち上げられた。

 そこで出てきた提言のなかに、ひとり親に対する支援の充実があったが、他方、浜田市では介護職の人材が足りないという問題を抱えていたことがあり、この2つを組み合わせるアイディアが浮かんだ。すなわち、ひとり親の移住者を募集して、介護サービス事業所の職を紹介した上、養育費支給など手厚い支援を行うというものである

 15年度に開始されたこの仕組みは、1年間の研修期間内に、月給15万円以上、養育支援金月額3万円、一時金130万円(引越しの支度金30万円、1年間勤務した時点での奨励金100万円)を支給する。このほか、家賃補助が月額の2分の1(上限2万円)、中古自動車の無償提供を受けることができる。ひとり親は、特別養護老人ホームなどで働く。

 初年度はシングルマザー4人が採用となり、以後、毎年募集している。これまで浜田市でも移住者の募集に力を入れてきたが、特徴づくりが難しかった。都会では仕事を見つけにくいひとり親世帯にターゲットを絞って、手厚く支援するというアイディアは初めてだったことで、全国的に注目され、希望者が多く現れた。竹田市の伝統工芸職人の呼び込みや、江津市の起業希望者の呼び込みとは異なるが、やはり、移住者の呼び込みには、特徴ある働きかけをして差別化することが一つの手であることがわかる。

地域に必要な人材を確保する手法

 以上、移住促進策としてターゲットを絞る戦略を紹介してきた。江津市、竹田市とも、施策がきっかけとなって興味を持つ移住者が集まる効果が生まれており、人が人を呼ぶ好循環が形成されつつある。

 浜田市の場合は、不足する介護職を埋めるためひとり親に目をつけた点がユニークであるが、長期的に定着していくかについては今後の課題である。介護職に限らず、特定の職種についてもらうため職業訓練を行う前提で、地域に必要な人材を確保するという戦略は、今後、多方面で応用可能と考えられる。

 江津市や竹田市では起業家という職種の募集であり、浜田市では介護職という職種の募集であり、2つの方向性は一見異なっているように見えるが、地域に必要な人材を育成も含め募集するという点では共通点を持っている。移住者をただ待つだけではなく、ターゲットを絞って働きかける戦略は、地域活性化の有効な施策となりつつある。
(文=米山秀隆/富士通総研経済研究所主席研究員)

米山秀隆/住宅・土地アナリスト

米山秀隆/住宅・土地アナリスト

1986年筑波大学第三学群社会工学類卒業。1989年同大学大学院経営・政策科学研究科修了。野村総合研究所、富士総合研究所、富士通総研等の研究員を歴任。2016~2017年総務省統計局「住宅・土地統計調査に関する研究会」メンバー。専門は住宅・土地政策、日本経済。主な著書に、『世界の空き家対策』(編著、学芸出版社、2018年)、『捨てられる土地と家』(ウェッジ、2018年)、『縮小まちづくり』(時事通信社、2018年)、『空き家対策の実務』(共編著、有斐閣、2016年)、『限界マンション』(日本経済新聞出版社、2015年)、『空き家急増の真実』(日本経済新聞出版社、2012年)など。
米山秀隆オフィシャルサイト

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