今年に入ってから、日本銀行に再び関心が集まっている。最近日銀が国債の買い入れを減額したこと、黒田東彦総裁の任期満了が近いこと、黒田総裁が昨年11月に講演で金融緩和が経済に悪影響を与えるという「リバーサル・レート」論を口にしたこと、さらには世界的に金融緩和解除の動きがあることなどから、日銀の金融緩和解除=出口戦略発動が近いのではないかという報道が出ている。そこで今回は、金融緩和は近いのか、それとも近くないのか等を考えてみたい。
マスコミ報道は日銀の金融政策のベースとなる経済理論を無視したものばかりなので、市場関係者のポジション・トークの域を出ていない。マクロ経済状況で着目すべきは、インフレ率と失業率である。周知のようにインフレ率と失業率は逆相関関係(フィリップス関係)にある。ただし、失業率はある一定からは下がらない(経済学でいうインフレ率を加速させない失業率の下限<NAIRU>とほぼ同じ)。その失業率を達成する最低のインフレ率を「インフレ目標」とする。
失業率がNAIRU、インフレ率がインフレ目標であれば、雇用状況は完璧であり、賃金上昇もあり、その結果として適度なインフレ率になるので、これが理想的な経済状況「最適点」となる(上図中の黒丸)。この場合、名目成長もベストになるので、財政問題も自ずと改善する。
マクロ経済運営としては、「最適点」の左側では金融緩和・積極財政、右側になったら金融引き締め・緊縮財政を採る、というのが基本である。日本の場合、インフレ目標2%、NAIRU2%台半ば、というのが現状だ。5年前の民主党政権時代では大きく左寄りであったが、安倍政権になってから、徐々に右にシフトしてきた。2014年の消費増税は失敗であったが、それでもなんとか「最適点」に近づいてきた。とはいえ、まだ左である(10月のインフレ率<消費者物価総合指数>0.2%、失業率2.8%)。
出口論を主張する人々
さて、日銀は16年9月から長期金利を0%程度にするように調整しており、その意味では、マネタリー・ベースの増加額は金利維持のために必要な額となるので、長期金利が0%になっていれば、それが低下すること自体はさほど意味があるわけでない。
データを見る限り、失業率の低下は足踏み状態であり、インフレ率についても11月の全品目消費者物価指数は対前年同月比0.6%。生鮮食品を除いてみると0.9%、食料とエネルギーを除くと0.3%であり、インフレ目標2%にはほど遠い状況だ。こうしたデータから、日銀の金融引き締めを意味する出口論は、少なくともマクロ経済運営の観点からみればまったく意味がない。
こうした状況にもかかわらず、出口論を囃し立てる向きには2種類のタイプがある。
ひとつは、金融引き締め、つまり金利上昇によって利益を得るようなポジション、たとえば先物売りを仕掛けている市場関係者だ。もうひとつは、これまで日銀の異次元緩和に否定的で、異次元緩和でハイパーインフレ・国債暴落が起こると言ってきたエコノミスト、学者、マスコミである。異次元緩和は予想通り雇用をつくったので及第点である。そうした予想を外した人たちは、早く出口になってもらいたいから、願望で出口論を主張する。
出口論を主張する人は、ポジションか過去の言動のために重荷を背負っている人だろう。
(文=高橋洋一/政策工房代表取締役会長、嘉悦大学教授)