日本と韓国の関係が戦後最悪と言われる中で、「日韓海底トンネル」構想が浮上している。これは、日本の九州と韓国の釜山を海底トンネルで結び、鉄道などを走らせるインフラ計画だ。
韓国の最大野党「国民の力」非常対策委員長の金鍾仁氏が言及した、総距離200km以上に及ぶ壮大なプロジェクトである。4月7日に行われたソウルと釜山の市長選挙では、いずれも同党の候補者が与党候補を下した。同党のトップを務めた金氏は退任したが、日韓トンネル構想は前進するのか。
日韓トンネル推進全国会議の横田浩一事務総長に聞いた。
当時、森喜朗も乗り気だった日韓トンネル構想?
――日韓トンネルについて、これまでの両国政府の動きについて教えてください。
横田浩一氏(以下、横田) 2008年、福田康夫首相と李明博大統領による日韓首脳会談が行われ、その結果を受けて、2010年に日韓新時代共同研究プロジェクトの報告書が発表されました。同年は1910年の日韓併合から100年目にあたる節目の年でした。報告書では21の提言がなされ、その中のひとつに「海底トンネルの推進」があります。これは、非常に重要な意味を持ちます。
日韓間には歴史認識の問題があり、特にここ数年は関係が悪化していますが、それは両国のみならず東北アジアの繫栄のためになりません。韓国では2009年に李大統領が韓国の国土構想を発表し、その後10年かけて、東北アジアのインフラについて研究を進めてきました。それが、2018年の光復節(8月15日)の文在寅大統領による「私は北東アジアの平和と繁栄のために、韓国、北朝鮮、中国、ロシア、モンゴル、日本、そしてアメリカを入れて6~7カ国による鉄道共同体を提案したい」という歴史的な演説につながったのです。
――日韓トンネルについて、過去の日韓首脳の発言にはどのようなものがありますか。
横田 1990年代に盧泰愚大統領が日本の国会で記念演説をした際、「日本の青年が日韓トンネルを通じて、ソウルで出会い、最後は北京で会おう」という発言がありました。また、竹下登首相が山口県下関市からの掘削の検討を提案されたこともあります。
日韓新時代共同研究プロジェクトの報告書によれば、特に熱心だったのは森喜朗首相で、2000年10月のASEM(アジア欧州会合)で、日本と韓国をつなぐトンネルをつくり、「ASEM鉄道」と名付けようと提案しています。小泉純一郎首相と盧武鉉大統領による首脳会談では、韓国側は3回にわたって日韓トンネル建設を提案しています。
また、非自民党政権でも、羽田孜首相、菅直人首相が日韓トンネル構想に言及し、小沢一郎議員も韓国の大学で日韓トンネルを説いた講演を行ったと聞いています。
――釜山市長選では、トップが日韓トンネルに言及していた野党の候補者が与党を破り、当選しました。
横田 この結果を受けて、韓国国内では非常に大きな問題として浮上する可能性があります。2022年に行われる大統領選挙においても、関心事のひとつとなるかもしれません。
――そもそも、日韓トンネルは事業として成り立つものなのでしょうか。「トンネルが金食い虫になっては困る」という意見もあります。
横田 九州の経済人からは「事業として成り立たない」という意見もありますが、私は実現可能なプロジェクトだと考えています。現在、日本には26の、韓国には6つの港がありますが、横浜港や東京港などから釜山港や仁川港へ輸送するには2~3日かかります。しかし、日韓トンネルや陸路を利用すれば、輸送時間とコストは約3分の1に短縮することが可能です。
日韓トンネル推進全国会議は、国土交通省国土計画局総合計画課長を歴任した野田順康西南学院大学法学部教授に、日韓トンネルの事業予測を依頼しました。日韓トンネルが完成し、荷物を釜山港に集積し、それから上海港などの港に運搬するとして、2030年には3000万トン以上の需要が予想され、日韓トンネルを通じてカートレインで運搬した場合、4000億円の事業収益、2235億円の利益が見込まれるという算定結果が出ました。
国際ハイウェイ財団は、唐津、壱岐、対馬を経て、巨済島を経由して釜山へ行く方法や、直接釜山に行く方法などの3ルートを提案しています。利用予測の調査による算定方式によれば、輸送手段の事業として成り立つことが期待されています。
(構成=編集部)