茨城一家殺傷:岡庭容疑者、「殺人自体に性的快楽」と「自閉症スペクトラム障害」が焦点に
茨城県境町の住宅で2019年9月、夫婦が殺害され、子ども2人が重軽傷を負った事件で、無職の26歳、岡庭由征容疑者が夫婦に対する殺人容疑で逮捕された。岡庭容疑者は、10年前、高校2年生だった16歳のときにも、「連続通り魔事件」を起こしている。2011年11月18日には中学3年生の女子生徒のあごを包丁で突き刺し、翌月1日には小学2年生の女児のわき腹を複数回刺して、どちらの被害者にも重傷を負わせ、逮捕されたのだ。
それだけでなく、猫を殺害して生首を学校に持ち込み、放火を繰り返していた。その猟奇性からネット上では、1997年に神戸市で発生した連続児童殺傷事件の犯人になぞらえ、「第二の酒鬼薔薇」と呼ばれているようだ。
たしかに、岡庭容疑者には酒鬼薔薇少年との類似性が認められる。まず、猫殺しから始まり、次第にエスカレートして少女を傷つけ、最後には人を殺した。
また、2人とも動物虐待や殺害などの攻撃に性的興奮を覚えている。岡庭容疑者は、裁判で「女性を襲うのに性的興奮を感じていた」と証言しており、検察側も冒頭陳述で「映画などで女性が死ぬ場面を見て性的快楽を得ており、女の子を殺せば、より大きな性的興奮や満足感を得られると考え、少女たちを尾行し犯行に及んだ」と述べている。
酒鬼薔薇少年も、猫を殺すと性的な興奮がわき起こることをはっきり自覚していたが、それだけでは満足できず、現実に人を殺したいという欲望がふくらんできた。これは、精神鑑定で指摘されているように「思春期発来前後のある時点で、動物の嗜虐的殺害が性的興奮と結合」したせいであり、「性的サディズム」と診断されている。
「性的サディズム」とは、「未分化な性衝動と攻撃性との結合」により成立した「持続的かつ強固なサディズム」であり、岡庭容疑者にも認められる。もちろん、フロイトが指摘しているように、「大部分の男性の性行動には、相手を征服しようとする傾向として攻撃性が存在している」。だが、性衝動と攻撃性がとくに密接に結びついており、他人を傷つけたり殺したりすることに性的快感を覚える男性が一定数存在することは否定しがたく、岡庭容疑者も酒鬼薔薇少年と同様にその1人のように見える。
ここで注目すべきは、殺人に至るまでの過程において空想が重要な役割を果たしていることだ。岡庭容疑者は、裁判中「拘置所で女性のグラビアとかそういうのを見ますか」と質問された際、「見ます。その女性の首を絞めて苦しんでいるところを想像します」と平然と答えたらしいが、酒鬼薔薇少年も、精神鑑定で「殺人幻想の白昼夢にふけり、現実の殺人の遂行を宿命的に不可避であると思いこむようになった」と指摘されている。神戸家裁の処分決定要旨によれば「自宅でも、1人で昼間からカーテンを閉めて薄暗くして過ごし、雨の日を好み、殺人妄想にさいなまれていた」という。
このように空想、とくに暴力的で性的な空想が重要な役割を果たすことは、快楽殺人に共通して認められる。ちなみに、快楽殺人とは、厳密にいえば殺す行為自体に性的快感を覚える殺人であり、性行為を目的とした性的暴行殺人あるいは暴行後の隠蔽目的の殺人とは区別して考えなければならない。岡庭容疑者も酒鬼薔薇少年も、少女を襲ったときも殺人を犯したときも性的暴行やわいせつ行為をしていない。したがって、殺人という行為自体に性的快感を覚えるタイプである可能性が高い。
「人を殺してみたかった」
もう1つ注目すべきなのは、岡庭容疑者が10年前に「連続通り魔事件」で逮捕された後、「人を殺してみたかった」と供述したことだ。同じような動機から殺人を犯した事件として思い出されるのは、2000年5月に愛知県豊川市で、当時高校3年生だった17歳の少年が、まったく面識のない60代の女性を殺害した事件である。
この少年は逮捕後、動機について「人が物理的にどのくらいで死ぬのか知りたかった。また、人を殺したとき自分はどんな気持ちになるか知りたかった」「自分には殺人を体験することが必要だった」などと供述した。また、なぜ自分が殺人を必要としたのかについては、「経験してみなければ知識にはならないと思っていた」と説明している。
その後の精神鑑定で、他人への共感性の欠如、想像力の欠如、強いこだわり傾向などが認められたため、「アスペルガー症候群」と診断され、名古屋家裁から医療少年院送致の処分を受けた。「経験してみなければ知識にはならない」というのは、おそらく想像力の欠如によるのだろう。
「アスペルガー症候群」は、発達障害の一種である。自閉症と同様に社会性、コミュニケーション、想像力の3つの領域で症状が出やすい。だから、対人関係が苦手なことが多いのだが、コミュニケーションの障害が軽微で、言語発達の遅れも目立たない。豊川主婦殺害事件で逮捕された少年は、特別進学コースに所属し、トップクラスの成績だったという。
一方、岡庭容疑者も「連続通り魔事件」で逮捕された後の精神鑑定で「広汎性発達障害」と診断され、医療少年院送致となった。「広汎性発達障害」は、自閉症や「アスペルガー症候群」などを含む一群の発達障害の総称なので、豊川主婦殺害事件で逮捕された少年と同様の動機から殺人を犯したのかもしれない。
こんなことを書くと、「『アスペルガー症候群』を犯罪と結びつけている」と批判されかねないが、そういう意図はまったくない。そのように受け止められることを懸念したのか、名古屋家裁は処分決定に際して「なお、少年の場合、不幸にして犯罪行為を惹起してしまったが、高機能広汎性発達障害者が犯罪を犯す危険性は極めて低く、それ自体に犯罪を誘発する要因は認められない」という一文をつけ加えている。さらに、親の会や支援者などからも「『アスペルガー症候群』の人はいじめなどの被害にあうことはあっても、加害者になることは少ないことを理解してほしい」との声が上がった。その通りだと思う。
ちなみに、「広汎性発達障害」という診断名は、岡庭容疑者の精神鑑定が行われたと思しき2012~13年頃には用いられていたが、その後アメリカ精神医学会が作成した診断基準、DSMの全面改訂によって、DSM-5からは消えた(DSM-5の全訳が日本で出版されたのは2014年)。
代わって登場したのが「自閉症スペクトラム障害(ASD)」という診断名である。だから、岡庭容疑者の病態が変わっていなければ、この診断名がつけられる可能性が高い。
その場合、「自閉症スペクトラム障害」の影響は裁判でどのように判断されるのだろうか。最近の事例を挙げると、2018年6月、富山市の奥田交番で警察官をナイフで殺害し、奪った拳銃で近くの小学校の警備員を射殺したとして逮捕・起訴された島津慧大被告は、検察から死刑を求刑されていたが、富山地裁は今年3月「自閉症スペクトラム障害」の影響が一定程度あったとして無期懲役を言い渡した(その後、島津被告本人が控訴)。
今後の取り調べで岡庭容疑者がどのように供述し、司法がいかなる判断を下すのか。精神科医の立場から注意深く見守りたい。
(文=片田珠美/精神科医)
参考文献
片田珠美『17歳のこころ―その闇と病理』NHKブックス 2003年
高山文彦『「少年A」14歳の肖像 』新潮文庫 2001年
ジークムント・フロイト『エロス論集』中山元編訳、ちくま学芸文庫 1997年