弁護士で元日本弁護士連合会会長の宇都宮健児氏が始めた「人々の命と暮らしを守るために、東京五輪の開催中止を求めます」というオンライン署名活動が反響を呼んでいる。署名サイト「Change.org」で5月5日正午に開始以降、署名は増え続け、すでに31万筆を超えている(5月10日時点)。
3回目となる緊急事態宣言が5月末まで延長され、予定されていた国際オリンピック委員会(IOC)のトーマス・バッハ会長の来日は延期を余儀なくされた。そんな中で強行されようとしている東京五輪の開催について、宇都宮氏が警鐘を鳴らす。
約3兆円がつぎ込まれる東京五輪
――東京五輪の中止を求める署名活動を始めた理由について、教えてください。
宇都宮健児氏(以下、宇都宮) 4月に3回目の緊急事態宣言が発令され、さらに5月末までの延長が決定しました。特に大阪は医療が逼迫しており、感染しても入院できずに自宅で待機している人が重症化し、最終的に死亡するケースも出てきています。このままいけば東京も大阪のようになる可能性がある中で、東京五輪開催のために1万人の医療スタッフと30カ所の医療施設の確保が要請されています。すでに医療従事者が悲鳴を上げている状況で、東京五輪を強行開催する余裕はまったくありません。仮に医療資源に余裕があるのであれば、すべてを新型コロナ対策に注ぐべきです。
――ワクチンの接種も、本格的に始まるのはこれからです。
宇都宮 ワクチン接種を進めるのにも、多くの医療スタッフが必要です。医療体制が逼迫している中で東京五輪のために医療資源を割かなければならない状況は、国民の命と健康を危険にさらすことになります。それは許されないことです。政府は、東京五輪よりも国民の健康と暮らしを守る政策に転換すべきです。
――コロナ禍で生活が困窮している人も多いです。
宇都宮 5月3、5日に行われた「大人食堂」には、食糧支援を求めて500人以上の方々が訪れました。私は生活相談を担当していましたが、コロナ禍で収入が減少したり、仕事を失ったりした方もいました。生活困窮者が増えているにもかかわらず、政府が十分な対応を行っていないのは由々しきことです。昨年の緊急事態宣言の際には国民1人あたり10万円の給付金が配られましたが、今年はそうした支援がありません。また、企業も休業要請や時短営業で経営が傾いたり破綻したりしているケースが出てきています。
一方、東京五輪には、関連予算も含めれば約3兆円がつぎ込まれようとしています。そういう予算があるのなら、生活困窮者や事業者への支援に回すべきだと思います。
――世論は東京五輪中止を求める声が多いです。
宇都宮 中止か再延期を求める声が7割という世論調査もありますが、そうした声は考慮されず、国、東京都、東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会は、開催ありきで突っ走っています。私が署名活動を始めたのは、世論を可視化するためでもあります。
IOCも、放映権料やスポンサー料といった収入を得たいがために東京五輪を開催しようとしているフシがあります。しかし、世界的に見れば、ワクチン接種が普及しているのは一部で、インドのように爆発的な感染拡大が起きている国もあるのが実情です。こういう状況下での開催は主催国である日本の国民からも歓迎されないし、国際社会からも理解を得られないと思います。本来であれば、IOCが自ら中止を決断すべきです。
――今回の署名活動については、海外メディアも強い関心を持っているようですね。
宇都宮 アメリカの3大テレビネットワークのひとつであるNBCのほか、AP通信、ロイター通信、韓国のSBSテレビ、ドイツのライブリーテレビ、シンガポールの放送局などからも取材がありました。海外メディアの多くも、東京五輪開催は困難と受け止めているのだと思います。
――ほかには、どんな反響がありますか。
宇都宮 特に医療従事者の方から、「大変感謝している」という声をいただいています。医療現場はもう疲弊しきっているので、これ以上、東京五輪のために働くのは限界があるとのことです。そうした声も踏まえて、集まった署名は適切な時期に集約して、IOCのバッハ会長や菅義偉首相などに宛てて提出する予定です。
(構成=編集部)
●「人々の命と暮らしを守るために、東京五輪の開催中止を求めます」署名サイト