慰安婦問題で「ノーマーク」だったインド
いわゆる従軍慰安婦はしばしば日韓の二国間問題と誤解されるようだが、実際には日本軍が進出したアジア太平洋のほぼ全域、またオランダまで当事国として関わっている。4月27日にフィリピン・マニラの慰安婦像が予告なしに撤去され、一部の現地メディアで物議を醸したのも記憶に新しい。
ただし、インド人女性の慰安婦問題が提起されるのは稀だ。オーストラリア国立大学の日本史研究者が「アジア太平洋ジャーナル」に寄せた長文の論稿(15年)でも、「列車で運ばれる慰安婦のなかにインド人もいた(と思う)」というオーストラリア人捕虜の証言を控えめに伝えたにすぎない。
93年の河野談話を受けて設立された日本のアジア女性基金も11の国と地域を挙げているが、インドは含まれなかった。今回またインパール作戦にともなうインドでの被害が提起され、新たな議論に発展することも考えられるだろう。
14部門すべてで受賞を逃す
第13回METAでは最優秀作品賞を含む14部門が審査されたが、「従軍慰安婦~」は無冠に終わった。現地紙「The Asian Age」では名のある批評家が審査結果を伝えつつ、「『従軍慰安婦~』は1つの賞も得られなかったが、私は受賞に値すると思う」と書いている。作品としての評価はさておき、米ロサンゼルスやマニラの慰安婦像などをめぐる日本政府の強硬な反発が、なんらかの影響を及ぼした可能性もゼロではないかもしれない。
そのフィリピンではいま、現地メディアが像撤去の反響を繰り返し伝えている。フィリピン最大手紙「The Philippine Daily Inquirer」は撤去経緯の調査を議会に要求したガブリエラ女性党を肯定的に評価しつつ、「国の威信を失ったようだ」(像の作者)、「日本大使館への臆病な降伏」(歴史家)といった声を紹介した。同紙に次ぐ大手紙「The Philippine Star」も同様に像撤去への反発を重ねて取り上げながら、「ドゥテルテ大統領には日本の愛玩犬になってほしくない」という元慰安婦女性のコメントを伝えている。報道は撤去から3週間を過ぎても止まず、5月20日には「The Manila Times」でマニラ市の行政官が「市が(別の場所に)像を建て直す」と宣言した。
拡散する慰安婦問題と「歴史戦」の行方
マニラの像撤去は、カナダ最大の民放ネットワークCTVでも複数回取り上げられている。そこでもやはり「日本に対する恥ずべき屈服」(市民団体)、「国家の威厳の象徴として像を取り戻すべく大衆は戦うべき」(デ・ラ・サール大学教授)といった現地の反発が強調された。
カナダでは昨年10月にマニトバ州議会、オンタリオ州議会で、南京大虐殺記念日を制定する動議が可決している。提出したのは前者がフィリピン系、後者が中国系カナダ人議員だ。中国系議員はさらにカナダ下院で、慰安婦問題にも注目を促す演説も行った。
一方アメリカでは今年7月から9月、ニューヨークの劇場でミュージカル「Comfort Women: A New Musical」(従軍慰安婦:新しいミュージカル)が上演される。これは2015年初上演作品のリバイバルだ。韓国出身の監督が手がけ、慰安婦問題の先頭に立ってきた韓国挺身隊問題対策協議会が後援しているという。
日本政府が慰安婦問題への批判を封じ込めようとするいっぽうで、世界への周知はじわじわと広がりつつある。日本政府は、こうした演劇にも上演中止を求めていくのだろうか。
(文=高月靖/ジャーナリスト)