すべての報道関係者が気を付けなければいけない問題なのかもしれない。2日午前、Twitter上では「アニメ好きの20代新婚夫婦」「仰天の動機」がトレンド入りしていた。その多くはAERA dot.(アエラドット、朝日新聞社)が1日夕方に公開した記事『「バ美肉」アニメ好きの20代新婚夫婦が女子高生を「殺害」した仰天の動機』に対する批判だった。
記事は行方不明になっていた東京都墨田区の私立高校3年、鷲野花夏さん(18)が8月31日に山梨県早川町で発見された事件で、警視庁に死体遺棄の疑いで逮捕された群馬県渋川市渋川、職業不詳の小森章平(27)容疑者、妻の和美(28)容疑者の背景を探るものだ。この記事がネット上で批判を浴びているのは、この事件と両容疑者の趣味がアニメ、「バ美肉」だったことを強引に結びつけているように見えるということのようだ。
Twitter上では次のような批判が見られた。
「これを書いたライターの『何も知らんけどとりあえず炎上して多くの人の目に触れるように書きました』感すごいな アニメ・バ美肉・サバゲー、あらゆる要素に関して何一つ理解してないまま書いてる」(原文ママ、以下同)
「知識のなさを露呈してて哀れ こういう悪質な見出しやめろ」
VR振興団体が緊急声明も
アエラの記事を受け、VR文化振興団体のNPO法人バーチャルライツは2日、この記事に対し、以下のように緊急声明を発表し、意見公募を始めた。
【緊急声明を掲載いたします】
— NPO法人バーチャルライツ (@NPO_VR) September 1, 2021
加えて、今後の対応を検討するために「バ美肉」と犯罪を結びつける報道に関する意見公募を行います。皆様のご意見をお待ちしております。
▼意見公募URL▼https://t.co/2jv3RBUoIQ pic.twitter.com/xwWUU70bnj
ちなみに「バ美肉」とは、バーチャル美少女受肉、もしくはバーチャル美少女セルフ受肉の略なのだという。VTuberコンテンツなどを手掛けている東京都内の制作会社関係者は次のように語る。
「バ美肉は一般的な意味としては、“中の人”が美少女やイケメンの2Dや、3Dモデルのアバターを纏うことを指すんじゃないですかね。そのアバターを纏いSNSでファンと交流したり、YouTubeにコンテンツ動画を上げたりする。人気のVTuberも結構、この制作方式を取っているところは多いですよ。
アニメはおおむね画に声優さんの声をあてるので、キャラクターそのものは2次元です。バーチャルアバターの人気が出て、アニメ化されるなんて話もないわけではないですが、基本的にはアニメとは別ジャンルではないかと。まぁ、興味のない人から見ればこの業界もアニメ業界に含まれてしまうのかもしれませんが」
アエラの記事はどうのようなものだったのか
以上の話を踏まえて、アエラの記事を参照する。事件の経緯と被害者の接点に関して詳報した後、両容疑者に共通点に関して次のように記載していた。以下、一部引用する。
<また友人は章平容疑者と和美容疑者の出会いについてこうも話す。
「結婚した和美容疑者とはお互いにアニメ好きでそれが高じて知り合い、結婚した。和美容疑者の家に転がり込んで、生活していると聞きました」
章平容疑者と和美容疑者の共通の趣味はアニメ。
略称で『バ美肉』と呼ばれるバーチャル美少女受肉ものが好きだという。バーチャル空間で美少女を3Dモデル、2Dアバターなどで作成。自分好みの声やコスチュームなどをアレンジして活動、美少女になりきり、かわいさを徹底追及するものだという。
『バ美肉』の映像をネット検索すると、ファンタジーのようなものが多い。
「章平容疑者は鷲野さんに会ったことがない、と何度も言ったそうだ。しかし、和美容疑者が『そんなことはない、確かめる』と言い出し、最後は殺害してしまった。2人が好きだったアニメとはまったくの正反対の残忍さだった」(捜査関係者)>
文脈的に「章平容疑者と和美容疑者の共通の趣味はアニメ」との記載はやや唐突感がある。また夫婦共通の趣味と、今回の事件の関連を示す記述は引用部分の最後にある捜査関係者談話の「2人が好きだったアニメとはまったくの正反対の残忍さだった」の一言だけのように見える。そして「バ美肉」と事件がどうつながるのかは最後まで読んでもはっきりしない。
警視庁関係者は次のように話す。
「私はこの事件を担当していないので、両被疑者のアニメ趣味と一連の事件と関わりがあるのかどうかはわかりません。あくまで例え話ですが、被害者は、被疑者が作成した3Dアバターのファンでそこで接点があったというのならわかりますが……。アエラの記事にはそうした記載もないでしょう?
一般論から言えば、事件と直接関係なさそうな被疑者の個人的な趣向をマスコミに喋るのはご法度です。また捜査の核心にあたる話だったのなら、ウラの取れていない話はなおさらオフレコにしないとだめでしょう。
警察官も人間ですので、懇意の記者から『被疑者はアニメ好きだったみたいですね』と当てられれば、雑談として個人的な感想を述べることはあるかもしれませんが……。記事を出す前にゲラを確認する機会があったのなら、この談話は差し止めていたんじゃないでしょうか。いずれにせよ捜査は進行中であり、これから明らかになることも多いのではないでしょうか」
いずれにせよ、未来ある若者の命が絶たれている重大な事件であり、メディアにも慎重な取材と記事が求められているのは確かだろう。今後の警視庁の捜査を注視したい。
(文=編集部)