主人公は、14年もの刑務所暮らしから帰ってきたばかりの元ヤクザ。世の中の環境の変化やスピードの速さについていけないこの男が、周囲の人々や社会との摩擦に苦悩しつつも、持ち前の行動力や憎めない人間性で乗り越えていく……。
そんな設定の連続ドラマ『ムショぼけ』(北村有起哉主演)がまもなくスタートする。この作品の原作小説『ムショぼけ』(小学館文庫)を手掛けたのは、当サイトの執筆陣の一人でもある沖田臥竜氏。
そして、ドラマ『ムショぼけ』を企画プロデュースしたのが、昨年の日本アカデミー賞最優秀作品賞に輝いた映画『新聞記者』の監督でもある藤井道人氏だ。
そんな2人がドラマ放送に先駆け、その舞台裏を語り合った。2人がタッグを組むのは、今回が始めてではないというが――。
リアルかつエンターテインメントなヤクザドラマ
――そもそも2人の出会いは?
沖田 2年前ですね。
藤井 今年1月に公開した映画『ヤクザと家族 The Family』の制作時に沖田さんを取材したのがきっかけです。もう小説家としてデビューされていて、同映画の脚本に対しても的確なアドバイスをくださったので、その後、同作の監修として制作に携わってもらったんです。
沖田 藤井さんは、最初は物静かにモノづくりされる方かと思ったら、現場ではものすごく情熱的でした。
――フィーリングが合った理由は?
沖田 そんな姿勢ですね。モノづくりって、まじめさと妥協のせめぎ合い。どこまで作り込んでも一生納得できない部分があるもの。だからこそ、自分の理想を追求することには、きまじめさと柔軟さがないとできない。藤井さんはそこがあった。
藤井 僕にとっての沖田さんは、今までの人生では交わりようがない方だった。しかも、沖田さんが書かれた小説『忘れな草』『死に体』を勧めされて読んだら、すごくおもしろかった。いち作家、いちクリエーターの沖田さんと、モノづくりの同志として付き合っていきたいと思わされたんです。
――『ヤクザと家族』に描かれた世界の“本物”を知る沖田さんの監修ぶりはどうでしたか?
藤井 一般的な監修人は「リアルはこうです」と言うだけ。でも、沖田さんは、具体的に複数の案を提案してくださった。リアリティーをわかった上で、クリエイティブな部分も教えてくださる。ほかの人とは全然違いました。
沖田 映画やドラマはドキュメンタリーじゃない。あくまでも視聴者にとっておもしろいかどうかですよね。僕が監修するのに、リアルからかけ離れたものにするわけにはいかないけど、かといってエンターテインメントが成り立たないものでは意味がない。
藤井 沖田さんには、僕に描きたいことを事細かに伝えてました。
沖田 監督さんに先にオーダーを聞けば、それに応える形でのリアルを提案する。とことん作品に向き合ったら、そういう監修ができるとちゃいますかね。
異例のスピード! 1年ちょっとでドラマ化実現
――コンプライアンスや表現の度合いに節度が求められるようになり、ヤクザや反社会ものを作品にするのが難しくなっています。『ムショぼけ』でも苦労しましたか?
沖田 小説を書く上では全くなかった。ひたすらおもしろく書いた。
藤井 そもそもは、沖田さんとまた仕事がしたいと思い、1年前に電話して「自伝的なヤクザものを書いてほしい」と依頼したんです。すぐに送られてきた1話目を見て、「これはおもしろい。絶対にドラマ化できる、する!」と確信して、「2週間で3話分お願いします」と連絡しました。
沖田 自分はいろいろと精神的にもしんどくなってきてて、もう執筆は辞めようと思ってたころなんですけどね。ただ、藤井さんのラブコールを受けて書き始めたら、筆が止まらなかった。そこから一気に書き上げました。
――その原作を藤井監督が在阪テレビ局である朝日放送(ABC)に企画を持ち込み、連続ドラマ化を実現させた。しかも、すごいスピードで。
藤井 僕も映像業界に15年ほどいますが、これほどのスピードで企画が進んだことはないです。沖田さんが原稿を書き始めてから1年ちょっとで、小説が発売されて、ドラマのオンエアも実現。それぐらいに作品に推進力、パワーがあったということ。こんなスピードで実現させられるのは、業界では全盛期のAKB48を手掛けていた秋元康さんぐらいじゃないですかね(笑)。
沖田 自分はVシネマならありえると思ったけど、藤井さんが「絶対にドラマ化です!」と熱く訴えてくれたからこそだと思ってますよ。
藤井 やっぱり本がおもしろいと、すぐにキャストが乗るし、お金を出す人が出てくる。
――ドラマ、映画、Vシネマといろいろある中で、昨今「テレビ離れ」が叫ばれる中で、あえてドラマにした理由は何なのですか?
藤井 映画は100年間、文化として残ります。一方、テレビって瞬発力なんですね。その時代を瞬発的に見せられる媒体なんです。今作には、元ヤクザのYouTuberが出てきたり、長年の刑務所暮らしから出てきた主人公が初めて見るLINEやツイッターに四苦八苦する模様が描かれていたりします。それは今すぐ、視聴者に届けなきゃおもしろさが伝わらない。だから何年もかかる映画ではなく、ドラマだったんです。コアな層だけに向けるにはもったいないほどに普遍的なテーマで描かれていたので、なおさらドラマがいいなと。
沖田 最初から、藤井さんにドラマ化狙いと言われたので、僕も1話完結の形で書きましたよ。映画や2時間ドラマなら入れられなかったコミカルさを、たっぷり入れることができました。
藤井 そんな沖田さんの原作のおかげで、ドラマの脚本家ら制作陣はすごくやりはすかったはずです。
あえて大阪のテレビ局を選んだワケ
――今年は『ヤクザと家族』、そして西川美和監督で役所広司主演の『すばらしき世界』と、ヤクザであることの生きづらさを描いた異質なヤクザ映画が話題になりました。
沖田 『すばらしき世界』は、ええ映画やと思いましたけど、長いこと記憶に残るもんではないですよね。それに比べて『ヤクザと家族』は、儚さがものすごい魅力やった。儚さは記憶にも残ると思う。そういう意味では〝ヤクザのその後〟を描かせたら、僕は誰にも負けないという自負はありますね。『ムショぼけ』にはその一端は描かれていますが、まだまだこんなもんじゃない(笑)。
――そんな中で、沖田さんが今、ヤクザ映画を作るとしたら、どんなものにしたいですか?
沖田 ホンマのバイオレンスでしたね。これまでの極道バイオレンス映画は、チャンバラ的で人がいっぱい死にすぎて、僕は冷めた目で見ていたんですよ。だから、ちゃんとしたバイオレンスを書きたい思いはありますよ。現実では、どつき合いや殺し合いよりも、その前の掛け合い、そこまでの心理戦が見どころなんです。あまり武器を派手に使わないバイオレンスで、リアルさで『仁義なき戦い』を超えるものでないと、作る意味はないと思ってます。
――ヤクザのその後を描く場合は?
沖田 生意気に聞こえるでしょうが、客観的に見て、ヤクザから足を洗った人間で、表現社として自分を超えた奴を見たことがないんですよ。だから、どうしても自分に寄せた描き方になってしまう。でも、それは珍しいケースで、美化されてるように見えてしまうので、リアルなおもしろさがないですよね。そこは常に気をつけています。
――『ムショぼけ』はネット配信もありますよね。
藤井 ドラマはすでに配信で視聴することが日常となっています。皆さんには、時間や場所に縛られず、自分たちのタイミングで見てほしいです。テレビドラマというより、「ドラマ」と呼べばいいんです。
沖田 主人公の年代、40代にはまず刺さると思います。そして、昭和の不良世代を育てた70代のおかんたちも「ウチのバカ息子もこうやったわ」と共感してくれるはず。その辺がおもしろいと感じてくれたら、若い世代にも広がっていくんちゃうかな。
藤井 ドラマの言語圏が関西というのもあって、あえて、大阪のテレビ局であるABCに持ち込みました。ただ、ABCが関西ロケでドラマをつくるのは珍しいケースのようで、純度の高い「関西ドラマ」になっている点も、この作品の面白いところだと思います。
沖田 関西という局地戦で勝利したら、いずれ東京の人間にも届くはず。シリーズ化していって、「ぜひウチでも」と東京のテレビ局から声がかかるぐらいにしていきたいね。今回は、藤井さんほかスタッフにも恵まれたし、なんといっても北村さんを筆頭に役者さんたちがすばらしい。個人的に注目してほしいのは、藤井陽人という若手です。『ヤクザと家族』の現場で会って以来、いい役者だと思って目をかけていたんですが、『ムショぼけ』ではそれなりのいい役をもらえることができた。藤井さんも、脚本・監督に若手を抜擢しています。自分も含めて、そうした新たな才能にあふれている点もこの作品の魅力につながっていると思います。
(写真=名和真紀子)
●沖田臥竜(おきた・がりょう)
2014年、アウトローだった自らの経験をもとに物書きとして活動を始め、小説やノンフィクションなど多数の作品を発表。最新小説は『ムショぼけ』(小学館文庫)。
●藤井道人(ふじい・みちひと)
映画監督、脚本家。2019年、『新聞記者』で日本アカデミー賞最優秀作品賞受賞。2021年には『ヤクザと家族』が公開。『新聞記者』はNetflixオリジナルシリーズとして今年配信予定。
ドラマ『ムショぼけ』
10月3日より朝日放送(毎週毎週日曜よる11時55分)、10月5日よりテレビ神奈川(毎週火曜よる11時00分)で放送スタート。TVer、GYAO!にて見逃し配信あり。