安倍晋三元首相の“肝入り”の新型コロナウイルス感染症対策として、政府が全世帯や介護施設などに配布した布マスク。当時から政策の妥当性をめぐり激しい議論が行われていたことは記憶に新しい。そんな「アベノマスク」(通常、全世帯向け配布の布マスクのこと指す)が、今再び物議を醸している。
磯崎仁彦官房副長官は27日、政府が調達した布マスクのうち、アベノマスク(全世帯向け)約400万枚、福祉施設、妊婦向け布マスク約7900万枚の計約8300万枚が配布されず、倉庫に保管されていることを認めた。朝日新聞が同日付朝刊で『国調達の布マスク115億円分、未配布のまま倉庫に アベノマスクも』と報じたことを聞かれ、回答した。保管費用は昨年8月~今年3月で約6億円という
同記事によると、会見検査院の調査で政府が調達した計2億9000万枚の布マスクのうち、前述にあるように8300万枚が倉庫に保管されたままになっていることが判明したのだという。
磯崎官房副長官「調達に関しては特に問題なかった」
磯崎官房副長官は8300万枚の布マスクが保管されていること、保管費用が6億円に達していることを「おおむね事実と承知している」としたうえで、次のように説明した。
「布製マスクの配布事業につきましては昨年度、マスクの需給が非常にひっ迫したということで入手困難な状況になっていたということから、感染拡大防止に一定の効果があること、また洗濯することで繰り返し利用でき、急増していたマスク需要の抑制の観点からも有効と考えた、こういうことで実施をしたものでありまして、当時の状況におきましては適切であったと認識しております」
また、当時の政府の調達見通しの甘さを問われ、以下のように否定した。
「当時の調達としましては、全世帯向けの必要な枚数、介護施設向けの必要な枚数を想定して調達をしたということでございます。
全世帯向けにつきましては、すべて配布をされたということと承知をしておりますが、介護施設向けにつきましては配布方法が一律の配布から希望に応じた随時配布に見直したということでございますので、調達等に関しては特に問題があったとは考えおりません」
さらに保管されているアベノマスク、介護施設用布マスクの今後利活用には関しては次のように答えた。
「今後の中で必要に応じて検討してまいりたいと考えております」
どうやら、アベノマスク、布マスクはこのまま闇に消えるわけではなさそうだ。
アベノマスクなどの一連の配布事業はトラブル続きだった。例えば、妊婦向け配布マスクのうち数千枚に汚れなどが見つかり、配布を一時中断したこともあった。結局、感染者対応の最前線に立たされている自治体や保健所がマスクの検品作業を行う事態になり、混乱を極めたのだった。
埼玉県内の保健所関係者は今回の報道と磯崎官房副長官の会見内容を踏まえ、次のように語った。
「必要に応じて検討するということは、再利用する時にはまた自治体に投げるつもりなのでしょうか……。どのように利活用されるにしても、今度はなるべく現場に負担をかけないようなやり方でお願いしたいと思います」
政府のアベノマスク政策により、現場はどのような状況だったのか。当サイトで昨年4月27日に公開した記事『アベノマスクで不良品続出、戦場と化した「保健所」に大量の検品を“押し付け”…現場の怒り』を再掲する。
――以下、再掲載――
新型コロナウイルスの感染拡大に伴って、政府が妊婦向けに配布した布製マスクのうち数千枚に汚れなどが見つかり、配布が一時中断している問題で、全国の自治体保健部局は混乱を極めている。厚生労働省に返品するために、地域の保健所や自治体職員がマスクの検品を行わなければならないからだ。ただでさえ感染拡大防止の要として業務が集中しているのに、不必要な負荷がかかっている。
検品させられる自治体の保健部局
妊婦向けの布マスクは14日から全国の市町村に向けに、計50万枚が発送された。ところが自治体から不良品の報告相次ぎ、その総数は20日までに計117市町村約6700枚に上った。こうした事態を受けて、各自治体は22日ごろから順次配布を中止。政府からの返品指示もあり、順次返品作業を行う予定だった。
そんななか、日本テレビ・フジテレビ両系のクロスネット局であるテレビ大分(大分市)は23日夕方のニュースで次のように報道した。
「大分市保健所には先週、2100枚が届いていてきょうは点検作業が行われました。この中には黒い染みがあったり髪の毛のようなものがついているといった不良品がおよそ640枚確認されました」
つまり、保健所が布マスクの検品作業を行っているというのだ。政府は27日、妊婦用布マスクの製造を伊藤忠商事、マツオカコーポレーション、ユースビオ、興和の4社に発注していたことを明らかにした。そもそも検品は出荷時にメーカーが責任をもって行う業務のはずだ。なぜ、そんな作業を多忙な保健所や自治体の保健部局の職員が行わなければいけないのか。
「検品するのはメーカー、監督は政府の仕事では?」
当サイトでは首都圏近郊の複数の自治体に対して、妊婦用のマスクに関する検品作業を行っているかを聞いた。千葉市保健福祉局健康福祉部健康支援課の担当者は次のように話す。
「今、まさに検品作業を行っているところです。厚生労働省の指示では『不具合があるものを返品してほしい』ということでした。つまり、自治体で検品して『返品する不良品』を見つけなくてはならないということです」
東京都福生市福祉保健部健康課の担当者は「当市では配布を行う前にあらかじめ検品を行いました。箱だしから封詰め、枚数チェックなどの作業の必要があり、一通りチェックしたところ不具合はありませんでした」と話す。
一方、横浜市こども福祉保健部こども家庭課の担当者は「検品作業はしていません。先週、国から指示があったとおり、返品しています」と回答した。
埼玉県内の保健所関係者は次のように憤る。
「自治体の大きさによって業務量も異なるとは思いますが、当市では数千枚のマスクの検品を行っています。毎日、新型コロナウイルス関連のさまざまなお問合せや病院との折衝、感染源の特定や消毒計画の策定など戦場のような有様なのに、なぜ自分たちは検品をしているんだろうと腹が立ちます。検品するのはメーカーの仕事で、それを監督するのは政府でしょう。
例えば大地震や大津波などの大規模災害時に、国が緊急支援物資として不良品の医療機器や不潔な包帯を送付した上で、『その中に不良品があるかもしれないから現場の職員で検品して使って』という指示をしたらおかしいでしょう? そんな暇が現場にあると思っているんでしょうか。
国がメーカーに対し、責任をもってちゃんと清潔な製品をつくり出荷するよう監督指導してほしいです」
首相官邸や厚生労働省が「国民の不安を解消するための政策」を立案するのは大いに結構だが、不備が生じたとたん、責任や後処理を現場に丸投げするのはいかがなものか。
(文=編集部)