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江川紹子の「事件ウオッチ」第118回

江川紹子による考察…【日産ゴーン事件】異様だったメディアの保釈報道が意味すること

文=江川紹子/ジャーナリスト
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「特捜事件では、認めれば早期の保釈になるが、争っていると、裁判で検察側の主要な証人が終わるまで、もしくは公判前整理手続を行う場合は、それがかなり進展するまで、検察は保釈に反対する。裁判所は、検察の意向を尊重した対応をするのが普通。いったん保釈を認めても、検察の準抗告でひっくり返ることは当たり前にある。

 今回の事件で、検察の対応は従来通りだが、裁判所の対応は異例。勾留延長を退けたところまでは、最近の裁判所の動向から『ありうる』と思っていたが、その直後にメディアが一斉に『保釈へ』と打ったのには、かなり違和感を覚えた。検察の準抗告を裁判所が退け、これだけ早期の保釈を認めたのも極めて異例だ」

 ケリー氏は、取り調べに対して刑事責任を否定しているだけでなく、生活の拠点はアメリカにある。裁判所が「罪証隠滅のおそれ」や「逃亡のおそれ」を気にしやすいケースといえよう。

 かつて元東京高裁裁判長として多くの逆転無罪判決を出してきた、元裁判官の原田國男弁護士に、裁判官が否認事件で保釈をためらう心境を聞いたことがある。原田氏はかなり率直に、以下のように答えてくれた。

「(検察の疎明資料に)なんか怪しいと思えることが書かれてあると、具体的な『罪証隠滅のおそれ』までは行ってなくても、裁判官は『罪証隠滅やりそう』って考えがち。あくまで『おそれ』でいいわけだし、もし罪証隠滅されたら事件つぶしちゃうことになるから。自分の判断で事件つぶしちゃうのは困るので、身柄はとっておいて、決着は判決でつけよう、という判断になりやすい」

「保釈になると、逃げちゃうかもしれない、という心配がある。建て前としては、『逃亡のおそれ』がないことは、保釈の要件ではない。それについては保釈金の額を高くして保証することになっているので、保釈の是非を判断する時に逃亡のことは考えちゃいけない。でも、裁判官の本音としては、保釈してずらかられたら困るって思う。自分の判断によって事件をつぶしちゃうことになるから」

 それなのに、弁護人が請求をする前から、すんなり保釈が出るような前のめりで不自然な報道を各社がしていたというのは、国際社会に注目されている本件では、裁判所が被疑者・被告人の身柄について、従来より原則的な対応を行うということが、裁判所の上層部の意向として事前に共有されていたのではないか。

 先の趙弁護士は、こう見る。

「すべてが個々の裁判官の判断とは考えにくい。まったくの想像だが、最高裁の意向みたいなものが、なんらかのかたちで現場に伝わっていたのではないか、とさえ思う」

 それでも、本件をきっかけに、裁判所の身柄拘束についての判断が慎重になり、日本の司法は改善した、と言われるのであれば望ましい。否認しているとなかなか保釈されない、という「人質司法」は、冤罪を生む一因でもあり、改善を求める声が発せられていたからだ。

 しかし、これが国際的ビジネスパーソンであり、アメリカからの要請もあり、世界に注目されている人であるから特別扱いをしたということであれば、刑事司法の公平性が疑われてしまう。米国人と日本人、お金持ちと貧乏人、有名人と無名の人、いずれも等しく扱うという公平性が失われれば、司法の信頼性は揺らぎかねない。

「裁判所にダブルスタンダードを許してはならない。そのことを、積極的に働きかけることが重要だ」(趙弁護士)

 裁判所はよくよく肝に銘じていてほしい。
(文=江川紹子/ジャーナリスト)

江川紹子/ジャーナリスト

江川紹子/ジャーナリスト

東京都出身。神奈川新聞社会部記者を経て、フリーランスに。著書に『魂の虜囚 オウム事件はなぜ起きたか』『人を助ける仕事』『勇気ってなんだろう』ほか。『「歴史認識」とは何か - 対立の構図を超えて』(著者・大沼保昭)では聞き手を務めている。クラシック音楽への造詣も深い。


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