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江川紹子の「事件ウオッチ」第113回

江川紹子「性暴力根絶のため国際的な取り組みを」ノーベル平和賞受賞2氏の訴えと日本の役割

文=江川紹子/ジャーナリスト
江川紹子「性暴力根絶のため国際的な取り組みを」ノーベル平和賞受賞2氏の訴えと日本の役割の画像1ノーベル平和賞を受賞したデニ・ムクウェゲ氏とナディア・ムラド氏(画像はノーベル平和賞公式サイト

 今年のノーベル平和賞は、内戦や武装勢力の活動が続くなか、性被害に遭った女性の治療に取り組み続けるコンゴ民主共和国の医師デニ・ムクウェゲ氏(63)と、イスラム国(IS)による性暴力の被害救済を訴えているナディア・ムラド氏(25)に決まった。

戦時における性暴力の実態

 発表前のメディアの予想には、韓国の文在寅大統領と共に、北朝鮮の金正恩・朝鮮労働党委員長やアメリカのドナルド・トランプ大統領の名前まで出ていた。そのような、賞の自殺行為はしないだろうと思いつつ、2009年にバラク・オバマ米大統領が「核なき世界」を語ったプラハ演説など、「核軍縮」を呼びかけただけ(口で言っただけ)で受賞したり、ニクソン政権で国務大臣を務めたヘンリー・キッシンジャー氏がベトナム戦争終結のパリ協定調印に尽力したことを理由に受賞といった過去もあり、一抹の不安がないわけではなかった。

 しかし、それは杞憂だった。紛争時の性暴力被害に取り組んでいる2人が対象となった今回の受賞は、戦争や内戦状態にない国で平穏に暮らしている人々がなかなか関心を持ちにくい問題に光を当てるもので、影響力のある同賞らしい、意義あるものとなったと思う。

 平和な暮らしが保たれている国でも、個人やグループによる性暴力は存在する。性暴力は、体だけでなく心にも深い傷を負わせるもので、だからこそ「魂の殺人」とも呼ばれる。決して許されるものではなく、適正な手続きによって法の裁きを受けさせなければならないのは当然だ。

 しかも紛争時には、その「法」が適切に機能していなかったり、人権が守られる環境が破壊されていたりして、むき出しの組織的な暴力が、力関係の弱い相手集団に対して一方的に加えられることになる。態様も残虐なものになりがちだ。その点で、被害は平時と比べてなお一層深刻となる。

 ムクウェゲ氏は、このような状況を「性的テロリズム」と呼び、次のように説明している。

「戦争兵器として使われるレイプは住民に恐怖を与え、地域社会を破壊する。爆弾テロと違いはない。私たちにはそれを止める責任がある」(10月7日付朝日新聞電子版)

 同紙の三浦英之記者のレポートによれば、この国で行われている女性に対する性暴力はすさまじく、家族の面前でレイプされて精神的にもダメージを負ったり、性器を火であぶられたり薬品をかけられて大けがしている者も少なくないという。誘拐されて輪姦され、逃げると殺害された女性もいる。

「兵士は敵民族の女性をレイプし、性器を破壊し子を産めなくする。エイズに感染させ社会にダメージを与える。レイプされた女性は汚れていると見なされ家庭に戻れなくなる。生まれた子どもは阻害され、影響は化学兵器のように何世代にも渡って続く」(同記者のツイッターより)

 ムラド氏は、自身がISによる性暴力の被害者。ISはヤジディ教徒を大量虐殺し、若い女性は子供も含めて性奴隷として陵辱した。性奴隷として役に立たない高齢の女性は殺害され、ムラド氏の母親も犠牲になった。ここでも、性暴力は少数派の異教徒を畏怖させ、支配者と被支配者の力関係を叩き込み、ゆくゆくは壊滅に追い込むための“兵器”となった。

 命からがら逃げた女性のなかには、妊娠していたために家族や親戚から「なぜISの子を産んだんだ」「早く殺してしまえ」などと責められ、自殺した者もいると報じられている。

 その悲惨さは、想像を絶する。

被害・加害の過去を持つ日本

 ただ、程度の違いはあれ、自国の歴史を振り返って、「紛争時の性暴力」「軍隊と性暴力」の問題とまったく無縁であると胸を張って言える国は少ないのではないか。日本も、加害者にもなり、被害者も生んだ。

 後者で言えば、旧満州での終戦時のソ連兵による若い日本人女性への性的暴行被害は、その典型だろう。満蒙開拓団として移り住んだ日本人が旧満州の各地に住んでいたが、町は終戦と同時にソ連軍に占領され、日本人の居住場所にソ連兵が武器を持って押しかけ、若い女性を陵辱した。

 KRY山口放送が2016年に制作・放送したドキュメンタリー番組『奥底の悲しみ』では、その状況を目の当たりにした当時11歳の少年だった男性が証言している。ソ連兵は毎日のように「女を出せ」と喚き、小銃を発砲しながらやってきた。女性は次から次へと襲いかかるソ連兵に何度も陵辱され、抵抗する者は撃ち殺されたという。

 それが現地の人々にどれほどの恐怖を与えたか、察するに余りある。連日にわたる集団強姦の被害を受けた末に、被害女性や家族らが集団自決に追い込まれたケースもある。

 ソ連兵の行為は、彼ら自身が性欲を満たすだけでなく、日本人に「戦争に負けた」ことを実感させ、抵抗力を失わせることにもなった。

江川紹子/ジャーナリスト

江川紹子/ジャーナリスト

東京都出身。神奈川新聞社会部記者を経て、フリーランスに。著書に『魂の虜囚 オウム事件はなぜ起きたか』『人を助ける仕事』『勇気ってなんだろう』ほか。『「歴史認識」とは何か - 対立の構図を超えて』(著者・大沼保昭)では聞き手を務めている。クラシック音楽への造詣も深い。


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