栃木県今市市(現日光市)の小学校1年生の女の子が殺害され、茨城県の山中で遺体が発見された「今市事件」で、東京高裁(藤井敏明裁判長、田尻克巳裁判官、大西直樹裁判官)は、宇都宮地裁の裁判員裁判による無期懲役の有罪判決を破棄したうえで、間接証拠で被告人の犯人性は立証されているとして、改めて無期懲役判決を言い渡した。
高裁が被告の犯人性を認定した理由
私も当日、傍聴席で聞いていたのだが、慎重さとおおざっぱさ、緻密さと粗雑さが同居する、なんとも不可思議な判決だった。裁判員裁判で行われた一審を一刀両断に切り捨てる一方、新たな理屈で有罪を導く、高裁の強気で強引な態度には、「疑わしきは被告人の利益に」との刑事裁判の原則を見て取ることはできなかった。
判決は、
(1)被告人の犯人性
(2)捜査段階の取り調べ映像記録の取扱いと別件での起訴勾留中の取り調べの任意性
(3)捜査段階での調書の信用性
という3つのパートに分かれていた。
多くのメディアでの報道は、主に映像記録を事実認定に使うことに警鐘を鳴らした(2)の映像記録問題に焦点を当てている。そこで、(2)については新聞等の記事を読んでいただくことにして、本稿では(1)と(3)を中心に報告したい。
この事件では、勝又拓哉被告(36)が母親と共に偽ブランド商品を売った商標法違反事件で逮捕され、起訴後も警察の留置場での身柄拘束が続いている間に、“任意”の取り調べによって本件殺害についての自白がなされた。しかし、勝又被告と本件を直接結びつける証拠はない。
そのため、検察側はさまざまな間接証拠を提出した。一審は、女の子が行方不明になった日の深夜、勝又被告の車が遺体発見場所からそう遠くない場所を通ったことなどを示す自動車ナンバー自動読み取り装置(Nシステム)の記録は、被告人が犯人である蓋然性が高いとしたが、客観証拠だけでは勝又被告が犯人とは言い切れないと判断。取り調べ映像を視聴し、勝又被告の供述態度から、自白の信用性を認め、間接証拠と合わせて有罪認定をした。
これに対し高裁判決は、勝又被告が自白に追い込まれる直前に、母親に対して書いた手紙を、犯人性を示す決め手として重視。これを含む間接証拠だけで犯人性は明らかだとした。
判決は、手紙の「今回、自分で引き起こした事件、お母さんや、みんなに、めいわくをかけてしまい、本当にごめんなさい」「こんな親不孝な息子で本当にごめんなさい(中略)あんな事をしてしまって、本当にごめんなさい」などと書かれた文面を引用。ここで書かれた「事件」は「本件殺人を意味することは明らか」と断定した。
弁護人は、謝罪の言葉は、偽ブランド事件や虚偽の自白調書に署名したことなどを含めた「多義的なもの」と主張していたが、高裁判決はこれを退け、「被告人が犯人でないとすれば、本件手紙を作成したことを合理的に説明することは困難」と断じた。
そして、被告人の犯人性と矛盾したり、疑問を抱かせる証拠はほかにないとして、犯人性を認定できるとした。
確かに、この手紙の存在は、当時の被告人が精神的に混乱した状況であることを割り引いても、犯人性を強く疑わせるものだと思う。
しかし、本当に犯人性と矛盾したり疑問を抱かせる事実はまったくないのか。