一審の判断を否定する一方で、不可思議な判決
遺体からは勝又被告の毛髪やDNAは一切、検出されていない。女の子を拘束するのに使われたテープの一部が遺体に残っていたが、そこからも勝又被告のDNAや指紋は出ていない。拉致から遺体を放置するまでの13時間以上、その間に身体的接触もあったと思われるのに、なんら痕跡がないというのは、犯人性に疑問を抱かせる事実とはいえないのだろうか。
まして、自白やそれに基づく一審判決では、拉致した被害女児に対し、自宅でわいせつ行為を行い、それが発覚することを恐れて殺害したことになっている。弁護人によれば、一部の自白調書には、いく種類かの性的行為が記されているという。体外で射精した旨の記載もある、とのことだ。わいせつ行為を行ったとすれば、身体接触の際に、皮膚片や唾液などを含め、犯人のDNAを検出する手がかりが残っているのではないか。
だが、それがまったくない。
こうした指摘を回避するためだろう、高裁判決は客観的事実の裏付けがないわいせつ行為を、事実認定からすっぽり抜いている。わいせつ行為に関する被告人の自白の信用性も否定した。そのうえで、「わいせつ行為に関する部分に信用性が認められないことが、被告人の犯人性の認定を左右するものでない」と言い切っている。
ただ、もしわいせつ行為がないとなると、被告人が女の子を殺害した動機はなんだったのだろうか、という新たな疑問が浮かぶ。
高裁判決が被告人の捜査段階の自白の信用性を否定したのは、わいせつ行為の部分だけではない。
解剖の結果、女の子の遺体にはほとんど血液がなかった。刃物で刺された傷から流出したものとみられるが、遺体発見現場にはほんのわずかな血液痕しかなかった。この事実を素直に見れば、女の子は別の場所で殺害され、遺体が発見場所に遺棄された可能が高い。高裁もそれを認め、この現場で殺害したという自白には信用性がないとした。
さらに、女の子を立たせたまま、連続して多数回ナイフを突き刺したとする殺害の態様も、遺体の傷の状況から「不自然」「客観的状況と矛盾する」と高裁判決は認め、これに関する自白には信用性なしとした。
加えて、わいせつ行為の後、裸のままの女の子を車に乗せて、遠方の殺害現場まで連れて行った、という殺害の経緯についても、高裁は「全裸の状態の被害者をそのまま連れ出したことが自然かつ合理的とはいえない」として、この部分の自白の信用性を否定した。
そして、「被害者を遺体発見現場付近で殺害したとの供述に信用性が認められない以上、殺害の日時を同供述(=自白)に基づいて認定することもできない」とした。
結局、高裁判決は自白の「殺害の経過、殺害行為の態様、場所、時間等に関する供述部分」について信用できるとした一審判決を批判し、いずれも信用性なしと判断した。いつ、どこで、なぜ、どのようにして殺したのか、という具体的な供述は、すべて虚偽であって信用できないというのである。
客観的な裏付けがない、もしくは客観的な証拠と矛盾する自白の信用性を安易に認めない慎重さは、裁判所の姿勢として実に正しい。そうであれば、事件の根幹部分について、ここまで客観的事実に矛盾する自白は、全体としての信用性を強く疑うべきだろう。