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「相馬勝の国際情勢インテリジェンス」

「米国は悪臭、韓国はバカ」北朝鮮・金与正の暴言が止まらず…金正恩の後継者か

取材・文=相馬勝/ジャーナリスト
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「Getty Images」より

 北朝鮮では昨年来、最高指導者の金正恩朝鮮労働党総書記の妹、金与正氏が米国や韓国などを激しく罵倒する発言が目立っている。とはいえ、彼女が本当に権力を握っているのか、どのような責務を担っているのか、あるいは彼女は国民からどう思われているのか、あるいは一部で伝えられるように金総書記の後継者たり得るのかなど、わからない点が多い。

 最近、北朝鮮国内に多くのニュースソースを持つ米政府系報道機関「ラジオ・フリー・アジア(RFA)」は「与正氏は国民から『傲慢で、未熟、切れやすい女性』と思われている」と伝え、中国の歴史上の女帝であり、権力を駆使して政敵を倒した「西太后」や「則天武后」とも比較されているという新たな人間像を提示している。

脱北者を「雑種の犬」「人間のクズ」と呼ぶ

 与正氏は1988年9月26日生まれの33歳と推定されている。37歳の金正恩氏(84年1月8日生まれとされる)とは4歳違いだ。

 与正氏がときに注目されるのが、北朝鮮の国営メディアを通しての米韓や脱北者らへの粗野なコメントだ。脱北者については「雑種の犬」「人間のクズ」と呼び、米国のバイデン政権に対しては「最初の一歩で悪臭を放つな」と警告し、韓国の文在寅大統領を「アメリカに育てられたオウム」と呼ぶなど、彼女の発言は多岐にわたっている。

 最近の発言では、9月の国連総会で文大統領が北朝鮮、米国、中国に朝鮮戦争の正式な終結を求める演説を行ったことについて、与正氏は「称賛に値する」としながらも、その条件について次のように述べている。

「捨てなければならないのは、私たち(北朝鮮)の正当な自衛権の行使を非難しながら、自分たちの行為を正当化するという、二枚舌的な態度、非論理的な偏見、悪い習慣、敵対的な立場です。このような前提条件が満たされて初めて、対面して重要な終戦宣言を行うことができるのです」

 また、昨年6月、北朝鮮が自国内の南北共同連絡事務所を爆破した翌日、与正氏はその2日前に行われた韓国の文大統領の演説について、「恥知らずで不謹慎な詭弁」だと前置きして、次のように論評している。

「肩書は『大統領』の演説だが、民族の前で保つ責務と意志、現在の事態収拾の方向と対策は見つけようとしても見つからず、自分の言い訳と責任回避、根強い事大主義で綴られた南朝鮮当局者の話を聞くに、私も思わず胃の中がムカムカしていくことを感じた」

 また、今年1月には北朝鮮が朝鮮労働党第8回大会の開会式で深夜の軍事パレードを行ったことをソウルの統合参謀本部が明らかにしたことを受けて、与正氏は韓国政府を「理解しがたい本当に奇妙な集団」と称したのに加えて、「世界の笑いを誘うことだけに熱心な彼らはバカであり、不作法さでは世界一だ」と侮辱しているのだ。

 これらの発言について、RFAは北朝鮮の党関係者の話として「金与正氏は金正恩総書記の立場や見解を明らかにするための計算されたスポークスマンの役割を果たしており、対外関係、特に南北関係について苦言を呈することで、自らが金総書記の妹であることを具体的に強調する行動を北朝鮮指導部内でとっている」と報じている。

 また、他の関係者は「金与正氏が不正や汚職撲滅の先頭に立ち、軍や党・政府機関の腐敗幹部を次々に摘発、一度に10人以上の軍幹部を銃殺刑に処すなど、『血に飢えた悪魔』と恐れられている。彼女はまだ若いせいか、口をつぐむことができず、謙虚さにも欠けているようだ。プライベートな集まりでは、『金与正があちこちに現れて暴れないことを願う』という話をよく聞く」と語っているという。

信頼できるのは妹だけ?

 与正氏は北朝鮮の最高指導部内で金総書記に次ぐ「ナンバー2的存在」と呼ばれることもあるが、実際のところはどうなのか。与正氏は党の最高権力機関である党政治局や政治局常務委員会にも入っておらず、単なる党中央委員。また党の正式な役職は党宣伝煽動部副部長とそれほど党内の地位は高くない。

 しかし、与正氏は今年9月下旬、国家最高の政策決定機関である国務委員会の委員に昇格したことが確認されている。今回新たに選ばれた国務委員は与正氏のほか7人だが、女性は与正氏だけであることなどを考えると、与正氏は金総書記から信頼されているのは確かだろう。

 RFAはこの点について、「金正恩氏は幼少期に海外で生活していたこともあり、体制内に絶対的に信頼できる人があまりいない。信頼できるのは妹だけだと思っているようだ」と指摘する。

 ある党関係者はRFAに対して「高官たちはいつも不安で、金正恩氏のそばにいると薄氷の上を歩いているように感じる。金正恩氏の心を読まなければならないような気がするのだ。金正恩氏の周りをいつもウロウロしているので、金与正氏の周りにも気を配らなければならないというのは、どれほどのストレスだろうか」と語っているという。

最も可能性の高い候補者

 では、金正恩氏にもしものことがあった場合、与正氏が後継者となるのだろうか。RFAは米国内の専門家に取材しているが、それは次の通りだ。

 ブッシュ(ジュニア)政権下で朝鮮半島和平担当大使などを務めたジョセフ・デトラニ氏は「私の考えでは、金正恩は金与正を自分の後継者とする決断をしている。金正恩氏にとって指導力を金ファミリーに残すことは重要であり、それは北の国民や上級指導者も同じだろう。 金正恩氏が急逝した場合、彼女を経験不足と見る人がいるかもしれないが、金ファミリーの一員であることで、そのような懸念にも対処できるだろう」と指摘している。

 米ランド研究所政策アナリストのスー・キム氏は「金与正氏は存在感を増しているにもかかわらず、その影響力の大きさはほとんど推測の域を出ません。彼女が指導部にとどまり、注目を集めるイベントの際には公の場に姿を見せ、時折、兄の代弁者としての役割を果たしていることから、彼女は政権の指導部としての可能性を維持していると考えられます」と分析している。

 ワシントンにある戦略国際問題研究所(CSIS)朝鮮半島情勢上席研究員のスー・ミ・テリー氏は「後継者という意味では、北朝鮮は後継者計画を明らかにしていないので断言はできませんが、私は今でも彼女が後継者になる可能性が最も高いと考えています。金正恩氏に何かあったら、彼女が最も可能性の高い候補者であることは間違いないと思います」と強調する。

 バージニア州に拠点を置くシンクタンクCNAの研究部門長のケン・ガウス氏は「後継者がいないことは政権にとって大きな問題となる可能性がある。おそらく、金与正氏が裏で金ファミリーを代表するような、ある種の集団的なリーダーシップを発揮することになるでしょうが、彼女が金正恩氏の後継者になることができるという保証はないでしょう。誰がトップに立つかは、金正恩氏にもしものことがあったときの北朝鮮の権力構図にかかっているでしょう」と推測する。

(取材・文=相馬勝/ジャーナリスト)

相馬勝/ジャーナリスト

相馬勝/ジャーナリスト

1956年、青森県生まれ。東京外国語大学中国学科卒業。産経新聞外信部記者、次長、香港支局長、米ジョージワシントン大学東アジア研究所でフルブライト研究員、米ハーバード大学でニーマン特別ジャーナリズム研究員を経て、2010年6月末で産経新聞社を退社し現在ジャーナリスト。著書は「中国共産党に消された人々」(小学館刊=小学館ノンフィクション大賞優秀賞受賞作品)、「中国軍300万人次の戦争」(講談社)、「ハーバード大学で日本はこう教えられている」(新潮社刊)、「習近平の『反日計画』―中国『機密文書』に記された危険な野望」(小学館刊)など多数。

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