患者に見捨てられたのは理事長のせいではない?
特定非営利法人「医療ガバナンス研究所」の上昌広理事長に聞くと、慈恵医大に対してこんな手厳しい指摘が返ってきた。
「慈恵はうまくいかない大学病院の典型例ですよね。がんや心臓病といったドル箱の診療で専門病院に歯が立たなくなっている。がん研有明病院とか榊原記念病院とかにね。アマゾンにやられた本屋みたいになっているんです。東京の山手線の内側では民間の専門病院がめちゃくちゃ強くなって、患者さんがそっちに流れている。慈恵の患者数が減ったのは、純粋に患者さんに見捨てられたからです。理事長のせいじゃないですよ。
だから、慈恵は今でもCTの見逃し事故とかを起こしているし、同窓生の子弟が入学する閉鎖的な集団なので、性犯罪なども起こしていますよね。完全な仲間内社会で、世間の変化がわからなくなっている。順天堂みたいなスター医師もいない。大木隆生教授(血管外科)みたいなスキャンダルだらけの外科医しかいない。慈恵のやり方だとうまくいかないです。ライバルに負けたのに、箱を新しくしても一緒です」
大木隆生教授(56)とはステントグラフト(人工血管)手術の第一人者で、「神の手を持つ男」と呼ばれる慈恵医大病院の数少ないスター教授のひとりだ。しかし、手術で患者を死亡させて遺族に訴えられたり、手術室でゴルフクラブを振り回したり、所得隠しで追徴課税されたりと、何かとお騒がせの教授。おとがめがないのは「理事長派だから」という声も学内では聞かれる。
そういえば、前出・上昌広氏が理事長を務める「医療ガバナンス研究所」が先頃発表した「製薬会社から年間1000万円以上を個人で受領した医者リスト(2016年度分)」(96人)にも慈恵医大の教授の名前が載っていた。14位、西村理明教授(1795万円)、15位、中川秀己主任教授(1777万円)、33位、森豊教授(1449万円)の3人だ。法律的には特に問題はないらしいが、この製薬会社との癒着ぶりも慈恵医大の抱える深い闇のひとつといえる。
ノバルティス事件の反省は生かされているのか
安倍晋三首相が「悪夢のような民主党政権時代」と発言し波紋を呼んでいるが、慈恵医大にとっては「悪夢のようなノバルティス事件」の反省もどこ吹く風のようだ。隠然として、製薬会社との露骨な癒着の一端が垣間見られるからだ。上先生の発表した高額報酬者リストを見た、慈恵医大の内情に詳しい製薬会社のMRも次のように語った。
「大学病院の教授とはいえ、大学からの収入は1000万円に届かないレベル。世間が思うほど、もらっていません。このデータは氷山の一角で、ある製薬会社は講演料以外の金をほかの方法で支払っています。中川氏は現役を退いていますが、残り2人は現役です。例えば、糖尿病内科の西村教授(当時は准教授)がこれだけもらっているのは、研究の秀逸さ、講演依頼の多さだけが理由ではありません。
特定の製薬会社への売り上げ貢献へのキックバックの要素があるのです。どのメーカーからの報酬が多いかをみれば、一目瞭然です。西村医師はN社からの報酬が突出しています。慈恵での処方動向も、国内シェア、世界シェアと違い、N社が圧倒的に多い。ノバルティス事件で問題になった、論文のデータ改ざんをしてまで、特定製薬会社への過剰な貢献をした当時と、何も変わっていないということです。
2012年にノバルティス事件が発覚したとき、ノバルティスの販促に最大の貢献をしたのが慈恵でした。日本の臨床研究の信頼性を損ねた歴史的事件の反省から、製薬会社から医師への謝礼金を公開するようになったにもかかわらず、その公開された金額受領者の上位に慈恵の医師が名を連ねたことは、なんとも皮肉なことです。慈恵の反省や改革が上っ面だけで、まったくガバナンスが効いていないことが露呈したといえます」
学外からは「専門病院との競争に負けた典型的なダメ大学」と揶揄され、学内では一部医師たちの暴走を抑えられず、なんら有効なガバナンスを発揮できない、ガラパゴス化した慈恵医大。上昌広氏は「理事長のせいではない」というが、慈恵医大の医師の地盤沈下の背景に、同行の抱える数々の深い闇を放置する栗原理事長に対する、現場の深い失望感と、強いモチベーションの低下があるのもまた事実である。トップの経営責任はもはや明らかであろう。
(文=兜森衛)