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滋賀医科大病院、特定のがん治療突如中止で大量の待機患者発生…不適切処置で治療困難な患者も

文=黒薮哲哉/「メディア黒書」主宰者

 しかし現在、その手術スケジュールが決まらない状態になっている。滋賀医大病院が、年内に岡本医師の外来を閉鎖する方針を決めているからだ。具体的には、閉鎖の半年前にあたる6月末で、岡本医師の手術実施を終了し、年末までの期間は、手術を受けた患者の経過観察のみを認める方針だ。そのために山口さんら30余名は、手術実施期限の6月末までにスケジュールが組み込めなくなっているのである。こうした状況の下で、患者会の代表4人が国会と厚生労働省に支援や行政指導を申し入れたのである。

寄付講座

 なぜ、滋賀医科大病院岡本メソッドを葬り去ろうとしているのだろうか。岡本医師による医療ミスがあったならともかくも、同医師による手術回数は10余年の間に1100件を超え、安全性と有効性が高い治療法として、すでに評価が定まっているのである。病院経営という観点からしても、病院は小線源治療で大きな利益をあげてきたのである。

 問題の発端は、2014年までさかのぼる。当時、放射性医薬品開発販売会社・日本メジフィジクス(以下、NMP社)が岡本メソッドに注目して、年間に2000万円の寄付をすることを条件に、小線源治療学講座(以下、寄付講座)の開設を求めてきた。滋賀医科大病院にとっては、願ってもないことだった。小線源治療のさらなる発展が期待でき、大学病院のステータスが高まるからだ。

 寄付講座の運営方針については、病院内で協議が重ねられた。こうした状況のなかで、岡本医師の上司にあたる泌尿器科のA教授が、みずからも寄付講座の運営にかかわることを希望するようになる。だが、A教授は、小線源治療とは別分野であるダビンチ手術の専門家だった。そのためにNMP社がA医師の参加に強い難色を示した。寄付講座の設置目的のひとつは、より高度な小線源治療の開発であるから、ダビンチ手術の専門家は場違いだったのだ。小線源治療と関連がある研究者の集団にするのが理想だった。

 塩田浩平学長は、大学病院内での「和」を重んじたのか、岡本医師を寄付講座の特任教授に任命すると同時に、A教授にも配慮して、寄付講座の併任教授に就任させた。こうしてある種、歪んだかたちで、15年1月に寄付講座はスタートしたのである。

 寄付講座の開設にともない、岡本医師の外来も併設された。当然、小線源治療を希望する患者は、岡本医師の外来に割り当てられるはずだが、なぜか一部の患者が泌尿器科の外来に誘導されるようになったのだ。こうした事情を知らずに泌尿器科に誘導された患者らは、A教授の部下にあたるB准教授の外来に回され、そこでB准教授による小線源治療を待つことになる。しかし、B准教授の専門は、A教授と同じようにダビンチ手術で、小線源治療ではない。

 同時期にA教授は放射線科の教授を訪ねて、小線源治療学講座とは別に泌尿器科として独自に小線源治療を行いたいと要望する。放射線科の教授は同じ病院に2つの小線源治療の窓口ができることに難色を示したが、A教授は自らの要求を強硬に推し進める。

 その結果、岡本医師はA教授から小線源治療の手術の際、未経験のB准教授の手術に立ち会うよう要求され、苦悩するようになった。しかも、小線源に関する治療方針は基本的にA医師らの泌尿器科チームが決定し、岡本医師には患者の診察さえもさせない方針だった。そして岡本医師には、泌尿器科が独自に小線源治療を行うことを止める権利はなかった。

手術経験がない医師

 岡本医師は、全国からやってきた岡本メソッドを学びたい医師に対して積極的に見学や実地指導、それに講義を行ってきた。また同病院内でも若手の放射線治療医師を教育してきた。岡本医師がいう。

「岡本メソッドの習得を希望する医師に対しては、最初の半年間は施術の見学をさせ、その後、徐々に実技を覚えさせて、私が確認して修正する方法で指導してきました。このような教育プロセスにより2年も経てば、十分に独立して治療に参加できる能力を習得することができます」

 ところがダビンチ手術を専門とするB准教授が岡本医師に教えを請い、見学にきたのは1回きりだった。週3例、年間で約140例の手術を行っているにもかかわらず、見学回数は15年12月の1回限りだった。

 泌尿器科に誘導された患者らの小線源治療の1例目の患者と2例目の患者は、寄付講座が開設されてから1年後、16年の1月に予定された。B准教授が手術する予定だった。しかし、1例目の患者の手術は、放射線科の医師によって阻止された。B准教授には小線源治療の手術経験が一例もないことを、患者に告げた結果だった。

 2例目の患者は、岡本医師不在のまま術前検査が強行された。しかし、岡本医師が患者とその家族に直接面談して、執刀医のB准教授にはこれまで小線源治療の経験がないことを承知しているかを確認した。患者と家族は驚愕した。そして3日後に、患者はB准教授に対して小線源治療の断りを入れた。

 一方、こうした事情を知らないA教授とB准教授は、岡本医師に対して2例目の患者の手術に立ち会うように強く求めてきた。岡本医師はこの要求を断った。たとえ立ち会っても、安全な治療を保証することは困難で、患者に被害が及ぶ可能性が高いと判断したからだ。さらに手術に至る前段で大きな倫理的懸念を持ったからである。

 岡本メソッドでは、手術に先立って患者についての詳細なデータを収集する。その上で、手術の方針を決める。術中に方針の微調整も行う。ところが手術の対象になっている2例目の患者の術前検査(プレプランと呼ぶ)に、岡本医師は立ち会うことが許されなかった。これでは安全な手術の実施は難しい。手術を断行すれば、患者に危害を与えかねない。それゆえに岡本医師は立ち合いを断ったのである。

 そして、岡本医師は塩田学長に泌尿器科で進行していることをメールで伝えたのだ。告発を受けた塩田学長は、2通の返信メールを送った。その一部を引用しておこう。

「現状のまま事が進むと、病院のコンプライアンスと倫理的な観点からも、憂慮すべき事態になると危惧しますので、1月5日以降のことを含め、早急に方針を検討します。先生からいただいた内容は、松末(筆者追記:吉隆)院長、●(筆者にて伏字)教授にも知らせてあります。先生にはストレスがかかっていると心配しますが、必要以上に悩まれないようにしてください」

「今日、私は外出していましたので、私の懸念を伝えて、松末病院長にA教授と話してもらいました。その報告を先程うけましたが、『泌尿器科は小線源治療にはかかわらない』ことで話がついた、とのことです。寄付講座の位置付けをはっきりさせること、現在泌尿器科に予約している患者への説明をいつするか、などについて、年明けに詳しく相談します」

 こうして塩田学長により、泌尿器科による小線源治療計画は中止に追い込まれたのだ。何も知らずに泌尿器科に誘導されていた患者は23人になった。これらの患者を、塩田学長の命令で、岡本医師が引き取って治療することになった。

小線源治療を適用できない患者の存在が判明

 しかし、ここから別の問題が発生する。岡本医師が23人を診察したところ、手術前段の不要な医療処置で、小線源だけで治療が完結(小線源単独治療)できる状態ではなくなった患者や、そもそも小線源治療を適応できない患者の存在が判明したのだ。

 たとえば安藤博(仮名)さんは、遠方からB医師の元に片道を3時間かけて8カ月通院したのちに、岡本医師の診察を受けた。その結果、大腸がんの手術歴があるために、小線源治療そのものが適用外であることがわかった。直腸の吻合部にリングが使われているために、手術に不可欠な超音波端子が挿入できないからだ。安藤さんは8カ月を浪費したのである。

 不要なホルモン治療の結果、前立腺が極度に委縮してしまい、小線源治療と外部照射を併用しなければならなくなった患者も見つかった。主治医のB准教授に対して、岡本医師の診察を受けたいと希望したが断られた患者もいた。

 泌尿器科で進行していた事実を知った被害患者たちは、松末吉隆院長への質問状送付を含め、代理人を立てて告発の動きを見せた。泌尿器科で起こった事件の詳細を知り尽くしている岡本医師は、松末院長に繰り返し謝罪を進言した。

 こうした状況の下で17年に入った。寄付講座の開講期限はこの年の12月末だった。NMP社は寄付講座の更新を希望していた。松末院長も、6月6日にNMP社の担当者に寄付講座継続の希望を伝える次のようなメールを送った。

「(略)私としては、本治療法は、非常にいい方法ですので出来れば継続できる方向で進めたいと考えています」

 ところがそれから約2週間後、松末院長は突如としてNMP社に「講座延長の件はペンディング」とする旨のメールを送付したのである。そして5カ月後の11月になって、岡本メソッドの中止を告知した。そして診療予約も停止。治療中だったおよそ270人が診療を予約できなくなった。
 

講座の閉鎖と岡本医師の追放

 告知を知った患者らは困惑した。岡本医師による手術後の経過観察が受けられなくなるからだ。また、18年度に手術のスケジュールが組まれていた相当数の患者も困惑した。

 患者からの抗議や問い合わせが病院に殺到し、大学は急遽、当初の告知を取り消し、講座と外来を19年12月末までの2年間延長することを決めたのである。ただし、治療は19年6月末までとし、それ以降、12月末の閉鎖までは術後の経過観察に充てることを決めたのだ。講座の閉鎖と同時に、岡本医師も大学病院から追放する。当然、そう簡単に医師を解雇できるのかという疑問が浮上してくるが、次のような事情がある。

 岡本医師は、もともと身分が保証された講師だった。しかし、寄付講座が設置されるのを機に、講師の座を降りて、身分が不安定な寄付講座の特任教授になった。ただ、寄付講座には契約期間が定められている代わりに、講座の更新・延長が契約書上でも、これまでの慣行からも、当たり前になっていた。そこで岡本医師を追放したい大学は、17年7月に寄付講座の最長設置期間(5年)なるものを新たに決め、岡本医師の寄付講座の永久閉鎖と共に、岡本医師を追放しようとしているのだ。その最長設置期間の最終日は、19年12月31日だ。

 滋賀医科大病院は、これまで大学をあげてPRしてきた岡本メソッドを廃止する具体的な理由を公表していないが、寄付講座を閉鎖した後の計画について、17年12月28日に次のような告知を出している。おそらくこれが理由に該当するのだろう。

「治療期間終了後は、本院泌尿器科において、標準的な前立腺癌密封小線源治療の開始を予定しており、これまでに治療を受けられた患者さんのご希望に沿って本院泌尿器科で経過観察もしくは他院へ紹介等いたします」

 松末院長は患者による告発の動きが本格化した時期から、岡本医師に対して、岡本メソッドが標準逸脱治療であるとインフォームドコンセントの用紙に記入するように求めるようになった。しかし、岡本メソッドは、すでに評価が定まった治療法であり、保険も適用されている。その評価を覆すためには、相当の根拠が必要だ。

 患者会は、病院側が被害患者の口を封じるために寄付講座も外来も閉鎖するのだと考えている。その根拠はこうだ。病院との係争の中で、寄付講座を1年延長するかわりに、患者の提訴予定を撤回せよという驚くべきバーター案が滋賀医大の顧問弁護士から提示されたからだ。病院が事件のもみ消しを狙って寄付講座の廃止と岡本医師の追放を決め、それによって被害患者と病院の接点を断ち切ろうと目論んでいるというのが患者会の主張だ。

 すでに4人の被害患者は、昨年8月にB准教授とA教授に対して損害賠償裁判を起こし、事件の検証に乗り出した。手術のスケジュールが組めない状態に置かれている山口さんら30余人の待機患者のうち7名と岡本医師は、今年の2月に「治療妨害」の禁止を求めて仮処分を申し立てた。署名集めや嘆願活動も始めた。

 この事件から見えてくるのは、国民の命を守るべきはずの病院が、患者の命を犠牲にしてでも、事件の幕引きを試みているおぞましい実態だ。病院の存在意義が問われているのである。山口さんが言う。

「やっと見つけた納得のゆく治療の機会を一方的に奪うことは、あまりにもひどい仕打ちです。こうしたことが許されるはずがありません。納得できません」

 山口さんが手術の前段として受けているホルモン治療も1年が限度だ。山口さんは、孤独と焦燥感のなか、残された時間との戦いに突入した。

 ちなみに、B准教授に小線源治療の手術体験がなかったというのは事実なのか、また、病院側がB准教授が行う予定の手術に立ち会うよう岡本医師に求めたのは事実なのかなど、事実確認のため滋賀医科大学へ何点か質問したが、「現在係争中でございますので、回答は控えさせていただきます」とのことであった。
(文=黒薮哲哉/「メディア黒書」主宰者)

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