ここで、「注意を怠った」とは、法学においては、「ある行為をする際に、人の死傷という結果を予見することが可能であったこと」を前提に、「そのような結果を予見せず」に「回避できる結果を回避しなかった」ことを意味すると考えられています。
何を言っているのかわかりにくいと思いますが、要するに「普通、こんなことをすれば人が死んでしまう可能性があると考えることができたのに、人が死ぬかもしれないことを考えもしなかったし、そのような結果が発生しないように行動することもしなかった」ということです。
なお、判例では、「特定の人」に死傷の結果が発生する可能性を考えたかどうかではなく、抽象的な「人」に死傷の結果が発生する可能性を考えたかどうかが大切とされています(例えば、トラックの荷台に人が乗り込んでいたことを知らなかったドライバーが危険な運転をした結果、荷台の人を死なせてしまった事件において、判例は「たとえ、荷台に人がいることを知らなかったとしても、危険な運転をすればいつしか“人”を死なせてしまう可能性があったことを考えるべきであった」旨、判示しています)。
今回、「右折車女性」に、「直進車が迫っているのに強引に右折すれば、どこかで人が死傷してしまう可能性がある」と予見することができたにもかかわらず、「人が死ぬかもしれないことを考えもしなかったし、そのような結果が発生しないように右折をとどまることもしなかった」のであれば、自動車運転処罰法第5条違反として、7年以下の懲役か禁固刑が科せられることでしょう。
他方で「直進車女性」ですが、民事上では、このような交通事故の際の「過失割合」として「右折車女性」:「直進車女性」=80:20とされており、「過失」はゼロではないことになっておりますが、刑法上の「過失」、すなわち上記の「注意を怠った」と言えるかどうはきわめて疑問です。
なぜなら、まず、「右折しようとしてきた車を避けよう」という行為をする際に、「普通、こんなことをすれば人が死んでしまう可能性があると考えることができた」かどうかも疑問ですし、さらに「そのような結果が発生しないように行動すること」ができたかどうかも疑問だからです。
実際、報道されている状況において右折車が強引に右折してきた際、もしも「直進車女性」が歩道に園児たちがいることを目の端で見ていたとしても、または、誰かをケガさせてしまうかのしれないと考えたとしても、「右折車を避ける」ことをするために「園児たちに突っ込んでしまう」こと以外のことができたかというと、たとえ道路交通法に100%したがっていたとしても不可能であったことでしょう(スピード違反など、なんらかの道路交通法違反があれば別ですが)。
したがって、私は、「直進車女性」は自動車運転処罰法第5条違反などは問われないと考えます。
(文=編集部、協力=山岸純/弁護士法人ALG&Associates執行役員・弁護士)
時事ネタや芸能ニュースを、法律という観点からわかりやすく解説することを目指し、日々研鑽を重ね、各種メディアで活躍している。弁護士法人ALG&Associates執行役員として法律事務所を経営し、また同法人によせられる離婚相談、相続問題、刑事問題を取り扱う民事・刑事事業部長として後輩の指導・育成も行っている。芸能などのニュースに関して、TVやラジオなど各種メディアに多数出演。また、企業向け労務問題、民泊ビジネス、PTA関連問題など、注目度の高いセミナーにて講師を務める。労務関連の書籍では、寄せられる質問に対する回答・解説を定期的に行っている。弁護士としては、企業法務、交通事故問題、離婚、相続、刑事弁護など幅広い分野を扱い、特に訴訟等の紛争業務にて培った経験を様々な方面で活かしている。