貧困・格差・環境破壊を引き起こしているのは自由な資本主義ではない!
さまざまな経済・社会問題の原因は資本主義にある、とマスコミや言論人は言う。けれども、それは正しくない。資本主義とはそもそも何かを確認し、事実に照らして考えれば、問題の「真犯人」は、自由競争に基づく本来の資本主義ではないとわかる。真犯人は官民癒着に蝕まれた「偽りの資本主義」である。『反資本主義が日本を滅ぼす』(コスミック出版)を上梓した、経済ジャーナリスト・木村貴氏の問題意識はどこにあるのか?
ベストセラー『人新世の「資本論」』による資本主義攻撃
一匹の怪物が世界を徘徊している。資本主義という怪物である——。
社会主義の教祖マルクスとエンゲルスの共著『共産党宣言』の有名な言葉をもじって、今の政治・経済に関する議論の状況を一言でいえば、さしずめこんなところだ。貧困、格差、飢餓、環境破壊、戦争、果ては新型コロナウイルス感染症の蔓延に至るまで、世の中に広がるさまざまな問題は、すべて資本主義という怪物のせいだという。この怪物は「グローバル資本主義」「新自由主義」「市場原理主義」といった呼び名でも非難される。
40万部突破のベストセラー、『人新世の「資本論」』の著者、斎藤幸平氏(大阪市立大学准教授)は、「資本主義の本質は、絶えず利潤を求め、資本を増やし、永遠と経済成長していく、ということ。労働者からの搾取だけでなく、自然からもさまざまな資源を徹底して奪っていく」と資本主義を根底から批判する。
資本主義が攻撃される一方で、その代替案として社会主義に対する評価や憧れが強まっている。
多くの人は、資本主義そのものを否定する過激な考えは支持をためらっても、資本主義や新自由主義の「行き過ぎ」を是正せよというメディアや評論家のもっともらしい主張には賛同する。そうした社会のムードは政治の世界にも影響を及ぼしている。
「新しい資本主義」はもはや資本主義ではない
昨年10月、岸田文雄氏が臨時国会で内閣総理大臣に指名され、首相の座に就いた。岸田氏がこれに先立つ自由民主党の総裁選で強調したのは、「新自由主義的政策の転換」だった。
岸田氏は「格差が広がれば経済の好循環は実現せず、社会・政治も不安定化する」として、株の売却益など金融所得に対する課税の強化を主張。一律20%の税率を引き上げて税収を増やし、中間層や低所得者に配分する考えを示した。首相就任当日夜の記者会見でも、経済成長の果実を「しっかり分配」する「新しい資本主義」の実現を目標に掲げた。
マイルドな内容と表現ではあるが、高所得者への課税強化という点では、米国の社会主義者オカシオコルテス議員らが唱える「富裕層に増税せよ」と本質は変わらない。岸田首相は株式相場の下落などを受け、金融所得課税の強化についてやや慎重姿勢に転じたものの、諦めてはいない。
資本主義を根底から否定するか、部分的な修正にとどめるかの違いはあるものの、今や世界の主な政治家と政府当局者、それを取り巻く言論人・知識人は、「野放し」の自由な資本主義が諸悪の根源だという見方で一致し、その見解を、メディアを通じ拡散している。
私が『反資本主義が日本を滅ぼす』(コスミック出版)を上梓した目的は、この公式見解、あるいは俗説にノーを突きつけることにある。
「縁故主義」と呼ばれる官民癒着の体制こそ、諸悪の根源
世界に広がるさまざまな問題は、本当に、自由競争に基づく資本主義が起こしたものだろうか。少し考えてみてほしい。
新型コロナウイルス感染拡大をきっかけに医療崩壊が起こったのは新自由主義のせいだといわれる。しかし日本にしろ欧米にしろ、医療産業は政府の介入を排除する自由な市場で営まれているだろうか。新型コロナワクチンは消費者が市場で選択し、自分の財布から直接払ったお金で購入しているだろうか。
事故によって東北の人々の暮らしを台無しにした原子力発電は、補助金のない純粋な市場経済によって運営されているだろうか。政府間で膨大で煩瑣な取り決めを結び、何年もかけて関税をわずかに引き下げる程度の環太平洋経済連携協定(TPP)が、自由貿易の名に値するだろうか。
政府の一部門である中央銀行がお金の発行を独占し、発行量や金利水準を操作する体制は、今では当たり前と思われているけれども、それは自由な金融市場と呼べるだろうか。自然に起こる物価の下落(デフレ)を無理に妨げようとする政策は、本来の市場経済にふさわしいだろうか。中央銀行による過剰なマネーの供給が資産バブルを招き、その崩壊で経済が混乱・停滞したら、それは資本主義のせいだろうか。
このように列挙するだけでも、世界の諸問題を引き起こしているのは自由な資本主義だという公式見解に対し、疑念が湧いてくるはずだ。
問題の原因は資本主義ではない。見かけは資本主義のようでも、実際には政府が経済の随所に介入し、一部の有力企業と持ちつ持たれつの関係を築き、経済を政治力でゆがめる。「縁故主義」と呼ばれるこの官民癒着の体制こそ、諸悪の根源なのだ。
経済・社会の諸問題を真に解決するには、政府の介入を縮小・撤廃するしかない
縁故主義は、ノーベル賞経済学者ジョセフ・スティグリッツ氏の言葉を借りれば、「えせ資本主義」「偽りの資本主義」である。歴史上、「重商主義」と呼ばれたこともある。その重商主義を厳しく批判したのが、近代経済学の祖とされ、自由な資本主義を擁護したアダム・スミスだ。
この事実からも、資本主義と縁故主義が別物であり、縁故主義のもたらした弊害を資本主義のせいにするのはお門違いだとわかる。
そうだとすれば、問題の正しい解決法は、経済に対する政府の規制や課税を今以上に増やすことではないし、ましてや資本主義を否定して社会主義を目指すことでもない。逆だ。政府の介入を縮小・撤廃し、本来の自由な資本主義を取り戻すことにある。マルクスらの『共産党宣言』に対し、本書は「資本主義宣言」だと言っていい。
経済学者・言論人に挑んだ「ぶっ飛んだ」論争
『反資本主義が日本を滅ぼす』(コスミック出版)では、著名言論人による資本主義批判の勘違いを斬っていく。
先述した話題の書『人新世の「資本論」』をはじめ中谷巌氏、岩井克人氏、佐伯啓思氏ら経済学者の主張を取り上げる。また、言論人のおかしな資本主義批判を見ていく。佐藤優氏、池上彰氏、内田樹氏ら錚々たる面々の登場だ。
資本主義に否定的・批判的な考えが主流となるなかで、あえて真っ向から資本主義肯定論を唱えるというのだから、読者は戸惑い、ついていけないと感じるかもしれない。そこをぐっとこらえて、興味のあるところからでも読んでみてほしい。主流の見解に異を唱えるという本書の性格上、論争的な文章が多くなる。私の「ぶっ飛んだ」意見に賛同はできなくても、少なくとも真剣勝負の面白さは感じてもらえるはずだ。
大切なものは、失って初めてその価値に気づくといわれる。私たちは資本主義のもたらした恩恵を忘れ、経済の自由、ひいては人間としての自由を安易に手放そうとしている。本書がその危機に対する警鐘の役割を少しでも果たすことができれば幸いである。
※記事は、『反資本主義が日本を滅ぼす』(コスミック出版)より抜粋、加筆修正し構成した。