今週は全国で入学式ラッシュでした。今年は関東でも桜はギリギリ咲いており、ポストコロナにふさわしい素敵な入学式となりました。
それでもなお、多くの学校では出席者の入場制限をしたり、座席間の距離に注意を払うなどの苦労をしながら、なんとか新入生の門出を祝っているようです。そして、在校生による生演奏や合唱が控えられている学校も多いなか、オーディオによる音楽が大活躍しています。
今週、僕の長女も高校の入学式を迎えたのですが、驚いたのは新入生入場の音楽がドイツ・オペラ作曲家の大巨匠リヒャルト・ワーグナーの代表作、歌劇『ニュルンベルクのマイスタージンガー』前奏曲だったことです。聴いていただければわかりますが、大規模なオーケストラによって堂々と演奏される華々しい曲で、これまでは義務教育だった中学校から、大きな夢を持って高校に入学してくる生徒にはぴったりです。僕の時代の入学式では考えられなかった選曲に、正直驚いてしまいました。
ちなみにこの歌劇は、若い青年が年老いた親方に歌を教わりながら人間的にも成長していく話なので、学校には直接関係はありませんが、教育という面でも良い選曲だと思います
実は、『ニュルンベルクのマイスタージンガー』は、東京大学や京都大学をはじめとする国立大学や、私立を代表する早稲田、慶応義塾などの入学式や卒業式において、学生オーケストラによって生演奏されているそうです。そんなこともあり、最近では入学式で使われるクラシック音楽の代表的な一曲になっているのです。
入学式定番曲、王道は『威風堂々』
ほかにも定番曲といえば、まずはイギリスを代表する作曲家、エルガーの『威風堂々』が挙げられるでしょう。
僕は、この曲に思い出があります。イギリスに在住中、アメリカから訪ねてきた医者の友人にロンドンを案内していたときのことです。どこからともなく『威風堂々』が流れてきて、それを聞いた友人は「やすお、どうしてアメリカの大学の卒業式の音楽が流れているんだい」と尋ねてきたのです。
どうやらアメリカでは卒業式の定番曲らしく、彼はてっきりアメリカの曲だと思っていたそうです。使われる中間部の静かな部分は、どっしりと落ち着いて叡智さえ感じるような雰囲気なので、大学の卒業式にぴったりです。
『威風堂々』はイギリスでは超有名曲で、イギリス人なら誰でも口ずさめる第二の国歌ともいえる曲です。1901年に初演され大成功を収めたのち、大学でも演奏されるようになったのはイギリスからではなく、1905年にエルガーがアメリカのイエール大学で名誉博士号を授与された際に演奏されたことが始まりだそうです。その後、アメリカの大学に広まっていくのですが、学校の式典にはとてもふさわしい曲です。
日本の入学式は『春』
次は、ヴィヴァルディの『春』です。日本の入学式は欧米のように9月ではなく4月なので、題名もぴったりです。この『春』は、ヴィヴァルディのヴァイオリン協奏曲集『四季』の最初の曲で、その後、『夏』『秋』『冬』と続いていきます。『四季』は、当時ヴィヴァルディが楽長を務めていたピエタ慈善院、わかりやすく言うと女子孤児院の付属音楽院の女子生徒のために書いた作品です。
ヴィヴァルディが活躍した17世紀から18世紀にかけては、確固たる避妊方法もなく、母親が育てられない赤ん坊が生まれることが多く、そういった子供は孤児院に連れてこられるのが当たり前の時代でした。そんな子供たちに音楽を教え、楽器演奏をさせたり、合唱を歌わせて稼がせ、衣食住のみならず、基礎教育はもちろん、成人してからも生活に困らないために楽器を教えていたのです。
このイタリアのヴェネツィアにあったピエタ慈善院では、司祭でもあるヴィヴァルディが孤児にヴァイオリンを教えるだけでなく、彼らのために、時代を超えた大傑作として残っていくような音楽をどんどん書いていたのです。
ちなみに今もなお、ヨーロッパにはこのような伝統が残っている音楽系寄宿学校があります。もちろん、現在の学生が孤児というわけではなく、むしろ今では学費が高い名門校になっている場合も多くあります。
世界的に有名で日本でも固定ファンが多いウィーン少年合唱団を例にすると、オーディションに受かった10歳くらいの少年が入団し、そのまま寮に入り、合唱だけでなく一般課程の授業はもちろん、将来演奏家を目指す学生のために楽器の演奏も仕込まれます。実際に、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団のメンバーにはウィーン少年合唱団出身者が多く、ニューイヤーコンサートではオーケストラ団員が歌うこともよくありますが、意外に美しい歌声なのは、そんな理由があります。
ウィーン少年合唱団合唱団は1498年、神聖ローマ皇帝マキシミリアン一世が宮廷礼拝堂でのミサのために創設したといわれ、500年以上の歴史を持っています。今もなお、宮廷礼拝堂のミサで歌うことは欠かせませんが、同じく大切なのは、コンサートツアーで世界中を回り、その収益を大きな財源として、子供たちの教育はもちろん、寮での衣食住をまかなっていることです。
オーストリア政府の教育文化に対する援助が手厚いこともあるのでしょう、実際に団員の家族から聞いた話では、毎月1万5000円程度しか払う必要がなかったそうです。そして、世界中からメンバーを集めるだけでなく、貧しい国からやってきた少年たちにも、同等の教育と衣食住を与えている団体なのです。
話が逸れましたが、ヴィヴァルディの『春』に代表されるように、子供たちが音楽をすることによって、十分な教育を受けることができた歴史がヨーロッパにはあるのです。
結婚式から葬式まで、あらゆる場面で使える『G線上のアリア』
さらに、パッヘルベル作曲の『カノン』も定番です。入学式だけでなく、結婚式でもよく使われる名曲です。
17世紀後半に活躍したパッヘルベルですが、ほとんどの作品が忘れられているなか、この曲だけは「パッヘルベルのカノン」と呼ばれて親しまれています。しかしながら、内容は学校や結婚式とはなんの関係もありません。しかし、気品ある優雅な曲調で、最初から最後まで同じ雰囲気なので、華やかな式典が急に厳かな場面になっても「音楽が邪魔をしない」「空気を読むことができる」という特徴があります。
空気を読むといえば、バッハの『G線上のアリア』には、どんな曲も叶わないでしょう。
オーケストラのアンコールにもよく演奏されるバッハの大傑作ですが、『カノン』と同じく気品があり、かつ透明感ある作品です。この曲が不思議なのは、どんなシチュエーションでも合ってしまうことです。入学式、卒業式はもちろん、結婚式のようなおめでたい場面だけでなく、お葬式のような悲しい場面でもよく使われる“なんでも来い”という曲です。成人式、高級レストランのBGM、黙祷、瞑想、結婚記念日、法事の待合室、選曲に困ったらこの曲はおすすめです。