政府は長年にわたって学問や芸術分野で功績を残した人に贈られる「春の褒章」の受章者を発表した。今年はジャニーズタレント・俳優の岡本健一氏(52)、アニメ『エヴァンゲリオン』などを手がけた映画監督の庵野秀明氏(61)、作詞家・音楽プロデューサーの秋元康氏(63)、北京スピードスケート金メダリストの高木美帆氏(27)ら688人と20団体が受章し、メディアで大きく報じられた。
新聞やテレビ局は事前に政府から配布された“受章者名簿”をもとに、報道解禁日に合わせて事前取材を行い、ほぼ定型の記事を公開する。一方で受賞者の所属事務所などは、報道各社に宣材写真の提供や肖像画のようなフォーマルなシーンの写真撮影の場を提供したり、それぞれの公式サイトに掲載したりして、解禁日に備える。そのため、メディアは一様にフォーマルな”受章者近影”を掲載する。そんな中、ひときわ印象深い“近影写真”を打ち出す受賞者がいた。
巨大ハエトリグサとツーショット
紫綬褒章を受章した大学共同利用機関法人自然科学研究機構「基礎生物学研究所」(愛知県岡崎市)の生物進化研究部門の長谷部光泰教授(59)だ(記事冒頭写真)。写真は同研究所のプレスリリースに掲載されている。博物館での展示会用の展示物として自身が監修した食中植物ハエトリグサ属の植物の大型模型と共に撮影したものという。1枚で受章者の人柄と背景がわかる写真だ。
同研究所広報室の担当者は写真掲載までの経緯を次のように語る。
「私は(長谷部教授が)スーツを着て、ネクタイを締めているフォーマルな写真を撮りに行こうと思っていたのですが『あれでいいよ』と……。一緒に写っている巨大なハエトリグサの造形物は東京と大阪の博物館で開催されていた特別展『植物 地球を支える仲間たち』に展示されていたものです。
監修した長谷部教授が、当研究所の一般公開の際にも使いたいということで、研究所に搬入されてきた際に、広報室が4月8日に撮影したもので、研究所の公式Twitterアカウントで投稿したところ、多くの方から好評をいただきました。
造形物は実在のハエトリグサに比べてはるかに巨大です。『食虫植物の捕獲能力を理解するには、(虫の気持ちになって)食べられる状況を実感する必要がある』という意図のもと、長谷部教授がこのサイズにこだわって作りました。
長谷部教授は、これまでも自身の研究成果をさまざまな手法で発信しています。今回のような博物館展示の監修協力のほか、カルチャーセンターで市民向けの講演を行ったり、教科書を書いたり、とにかく一般向けの情報発信をすごく重視しています。こういう写真でもたしかに良いのかな、と思い掲載することになりました」
春の褒章に関する政府発表などによると、長谷部教授は植物進化学の研究、教育に努め、研究成果を著名な国際誌に発表し、国際学会等で基調講演を行い、世界的な研究力強化に貢献してきた。また、植物細胞生物学、植物発生学、植物進化学などの幅広い領域で活躍するたくさんの研究者の養成に尽力したという。
そのうえで、「最新の知見を講義、講演、ホームページ、教科書などによって、若手研究者育成のみならず、日本国民に広くインパクトを与え、我が国の科学リテラシーの向上に貢献した」ことを受章理由としている。
「無口な植物たちの生き方を翻訳し、紹介するのが我々の仕事」
長谷部教授は研究所公式サイトで以下のように受賞コメントを述べている。
「今年は、ツツジの赤紫が例年になく綺麗だな、と思っていた折、受章の報を受け、たいへん光栄に存じております。梅雨時に植物を見にでかけたら、運良く晴天で、お花畑が満開といった心境です。
植物は、我々と同じ祖先から生まれ、長い年月を、地上で一緒に生きてきた親戚です。どこにでも生えていて、とても身近です。でも、我々とは随分違った生き方をしていて、いつも関心させられるとともに、多くのことを学ばせてもらっています。無口な植物たちの生き方を翻訳してご紹介するのが我々の仕事だと思っています。これからも、植物たちと語り続けていこうと思います。
これまで我々の研究を支えてくださった全ての方々に心より御礼申し上げますとともに、愛おしい植物を育んでくれている地球に感謝致します」(原文ママ)
派手で大きな業績を残した人以上に、その道を究め、多くの後進を育成した“知る人ぞ知る人”の功績を称えることも“褒章”の大切な精神だ。すでにネームバリューのある人をあらためて称えるばかりではなく、メディアはこういう機会だからこそクローズアップできる人物を掘り下げて取材してほしいものだ。
(文=Business Journal編集部)