人気漫画家・西原理恵子の子育て奮闘記であり代表作でもあるエッセイ漫画『毎日かあさん』(毎日新聞出版)。作中では主要キャラ「ぴよ美」として描かれていた西原の実娘とみられるAさんが、ブログで
「お母さんは何を思って私の許可無く、私の個人情報を書いて、出版したんだろう」
「個人情報をつかって印象操作をしたり、人が嫌がっていることを無理矢理することはぜったいに許されることじゃない」
「お母さんは書かないでと言ったことをsnsに書いた」
「私の個人情報をばらした上に私のメンタルを壊して」
などと告発。さらに西原から12歳のときに整形手術を強要されたり、暴言を吐かれたりしていたなどと綴り、物議を醸しているが、親が商業目的で自身の子どものプライバシーを広く公表するという行為は、法的にどのような問題をはらんでるのだろうか――。
『まあじゃんほうろうき』『恨ミシュラン』『ぼくんち』など多くのヒット作を持ち、最近では美容外科「高須クリニック」の高須克弥院長と事実婚関係であることでも知られている西原。なかでも『毎日かあさん』は2002年から16年にわたり毎日新聞で連載され、コミックスの発行部数は230万部(17年時点)に上り、文化庁メディア芸術祭優秀賞(漫画部門/04年)、手塚治虫文化賞(短編賞/05年)を受賞するなど、まさに西原の代表作といえる作品だ。
そんな同作の人気キャラでもある「ぴよ美」とみられるAさんは2年前からブログを始め、前述の文章のほかにも、
「出版社に勤務する、普段から言葉に係わり、本を作っている大人たちが、未成年の個人情報をなぜ無断で書いてそれを販売していいと判断したのだろうか。それは、お母さん、作者1人の問題じゃない」
「snsは、怖いもので、1度載せたものは絶対に消えないし、そこから枝分かれしていく情報は、更に消すことが出来ない」
「教育本と名乗って存在するその本は、たくさんの大人が買って、たくさんの子どもが読むことになるんだろう」
などと、未成年時代の自身のプライバシーに関する情報が出版物として世間に広まっている現状に憤りを示している。
「親のフィルターを通して世間へ共有された子ども本人のプライバシー」
さらに、
「このころ、初めて精神科に行った、家庭環境を聞かれると直ぐに児童相談所に連絡しますと言われた」
「あとは手首だ。長い歴史、たくさん私を支えてくれた手首。この手首があと少しだけ、弱くあと数ミリでも、静脈が太かったり表面に近かったりしたら、いま、私はいないだろう。たくさん私からの暴力を受けて、それを許して、でも、生き続けてくれた手首と私」
という記述も見られ、Aさんが精神的に追い込まれていた様子もうかがえる。
Aさんの一連の告白を受け、SNS上では次のようにさまざまな意見が出ている。
<漫画家の子供だからという特殊事例ではない、単純化して言えば「子供がどうしてもやめて欲しいと懇願した事を”その場では了承するが簡単に反故にする”」という行為で、これは子供の常識や倫理といった、心の芯を十分に壊せる。相当に毒の強い行為だと知られて欲しい>(原文ママ、以下同)
<家族にしか本来わからない事を漫画にしてメシを食ってたんだから、それまでの行いに過ちがあり指摘されたなら言及すべきだと思います>
<西原理恵子さんの娘さんが虐待されている事は確実に悪い事で、、社会問題として、西原理恵子さんの生き様は、個人の自由で、、個人の自由が、他者の人権を侵害したらダメ>
<クリエイターとして、自分や自分の周囲の人のことしか描けないって、才能がないと思います。自分のことだけ描くのが私小説のルール、自分の子供は所有物でないのだから、許可なくその私生活を晒すのは子供を危険に陥れること。精神的虐待でお金を稼いでいたなんてひどすぎます>
<無邪気すぎる親のフィルターを通して世間へ共有された子ども本人のプライバシーについて、日本は今考え始めている>
<隠れて娘のプライバシーを晒していたわけではないのに。漫画になった時点で「家族の問題」で同意したファンが批判するのおかしくないか>
<西原理恵子が娘さんを甘やかすことなく躾けてきたのは一種の愛のつもりなんだろう>
<サイバラさんは破滅型タイプだから、カノジョの著作物を読んでいた人には何の驚きもないでしょ>
Aさんのプライバシーにかかわる話が西原の漫画に描かれていたのは、Aさんが未成年だった頃であり、Aさんが西原の執筆活動と出版をやめさせることは現実的に不可能だったといえる。さらに、Aさんは反対の意思を示したにもかかわらず、西原による出版物流通で自身の情報が広く世間に知れ渡ることで大きな精神的苦痛を与えられたと主張しているが、山岸純法律事務所の山岸純弁護士は次のように解説する。
「プライバシー権」への修正や制限
人には誰しも「プライバシー権」という当然に有する権利があります。そして、この「プライバシー権」とは、(この考えが世間に出始めてからずっと横文字のままだったので、ほとんどの人がしっかりと理解していないのですが)正確には「自分の情報をコントロールする権利」と考えられています。
したがって、当然、未成年にもプライバシー権はありますし、自分の情報を自分でコントロールする、すなわち「自分のどの情報を誰に伝えるか、誰に知ってほしくないか」を自分で決める権利があります。
もっとも、「法的な権利」の世界では、成人と未成年が全く同じ権利をもっているとは考えられておらず、若干、修正や制限が入ります。たとえば、一般に未成年がビジネスを始めるときは親の同意が必要ですし、医療美容や整形手術をするときも親の同意が必要です。これらは、未成年の“未熟さ”を守るための考えです。
おなじように、「プライバシー権」も若干の修正や制限が入ります。昔、子供宛てに郵送された異性からの手紙を親が勝手に開封し、親子げんかになったといった笑い話がありましたが、これは笑い話にしても、親が自身の子供の情報をコントロールする(子供の情報を知り、管理し、使用する)ことは、一定程度、認められております。
少し難しくなりましたが、Aさんの“言い分”はとても理解できます。心が揺れ動く思春期に、自身のことを広く“ネタ”にされ、世間に知らしめられるのはおもしろくないし、恥ずかしい思いをしたことでしょう。ここでは、“ネタ”とされた「Aさんの情報」の質について場合分けして考えたいと思います。
「性格、日々の行動、会話内容」などを“ネタ”にされるのは、Aさんにとっておもしろくないし、恥ずかしいことですが、権利侵害とまでは考えられません。次に、「機微情報」、すなわち「思想、病歴、出自」などは、たとえ親であってもこれを身勝手に“ネタ”にすることはできません。
このように、“ネタ”とされた「情報」の質によって、権利侵害、損害賠償責任等を検討することとなります。漫画家、小説家、ブロガーなどが、家族のプライバシーを“ネタ”にすることは昔から多くあります。原則として、表現の自由の範囲内として問題ないでしょうが、「家族」、特に「未成年」の「思想、病歴、出自」についてはセンシティブになるべきです。
センシティブな情報を同意なく開示することは、たとえ親であっても許されませんし、権利侵害となり、損害賠償責任が課せられます。
(文=Business Journal編集部、協力=山岸純弁護士/山岸純法律事務所代表)
時事ネタや芸能ニュースを、法律という観点からわかりやすく解説することを目指し、日々研鑽を重ね、各種メディアで活躍している。芸能などのニュースに関して、テレビやラジオなど各種メディアに多数出演。また、企業向け労務問題、民泊ビジネス、PTA関連問題など、注目度の高いセミナーにて講師を務める。労務関連の書籍では、寄せられる質問に対する回答・解説を定期的に行っている。現在、神谷町にオフィスを構え、企業法務、交通事故問題、離婚、相続、刑事弁護など幅広い分野を扱い、特に訴訟等の紛争業務にて培った経験をさまざまな方面で活かしている。