7月に投開票された参議院選挙の投票率(選挙区)は52.05%と、前回2019年の参院選の48.80%を3.25ポイント上回る結果になりました。前々回16年の参院選(54.70%)以来の50%台となる回復ぶりでした。俳優の長澤まさみさんらによる「投票しよう」という動画キャンペーンも話題になりましたが、今回の参院選についてテレビはどのように報道したのでしょうか。
国政選挙のたびにテレビ報道をチェックしている上智大学文学部新聞学科教授の水島宏明氏に聞いてみました。
――結果的に投票率も上がったということで、テレビなどのメディアも有権者に関心を持ってもらうために頑張ったといえるでしょうか?
水島氏 いいえ。私が見る限りは、むしろその逆です。頑張るどころか、各局で「手抜き」ともいえるような旧来型のワンパターンな報道の繰り返しで、工夫が足りないというのが正直なところでした。
選挙報道でのメディアの役割は何でしょうか。有権者に選挙への関心を持ってもらい、投票を促すことでしょうか。それとも重要な争点について解説して各党や候補者の訴えを伝えることでしょうか。もちろんどちらも重要なのですが、投票率が低下するなかで、この数年はテレビ報道では前者が多くなり、後者が減ってますます軽視される傾向が顕著になっています。わかりやすく表現するなら、テレビは「一票を投じよう!」と伝えはするものの、「一票を投じる時に考えるべき問題」という肝心の点を知らせません。これでは選挙報道の大切な役割である「投票の材料を有権者に示す」という機能を放棄したのと同じではないでしょうか。
私は国政選挙のたび各テレビ局の夕方・夜のニュース番組の選挙報道を記録し分析しています。この10年ほどの傾向で明確に増えているのは、次のような報道です。期日前投票について、いつ、どこでやっているかという報道。若者の選挙離れをなんとか食い止めたいと活動している人たちを紹介する報道。投票すると温泉浴場やラーメン、とんかつなどが割引料金になるという“センキョ割”についての報道です。有名人らが投票に行こうと呼びかける動画を公開したという報道もそうです。
そんな選挙の「周辺」についての報道ばかり。私は争点や各党の政策について伝えない「非争点型」の報道と呼んでいます。選挙報道といいながら、こうした「非争点型」の報道はこのところ国政選挙のたびに目立って増えています。以前は多かった「争点」をきちんと伝えて各政党や候補者が訴える政策の違いを示して有権者に知らせようという選挙の「中身」についての報道(=これを「争点型」の報道と呼んでいます)は、次第に減少する傾向にあります。
従来からの「注目の選挙区」での各陣営の様子を伝える報道も一定数はあるもののワンパターン化し、かつ少なくなっています。年金生活者やシングルマザー、非正規労働者、震災や豪雨災害の被災者、原発や米軍基地の周辺住民、隣国の脅威が身近な人など、社会のなかで課題を抱えて生活する当事者を取材した報道は数えるほどです。取材費や時間をかけて切実さを抱える人々のリアルを示す「現場発」や「現地発」のレポートも姿を消しつつあります。
代わって目立って増えているのが、スタジオで各党の訴えをパネルで並べて一斉に説明するかたちです。でも政党乱立の現状では短時間に細かい文字を書き込んだ大きなパネルを見せられても、よほどの選挙マニアでない限り一度に理解することは困難です。報道機関の義務だからと乗り気せず番組制作する消極的な姿勢が透けて見えて、役所の広報のようで味気ないものになります。テレビ朝日やTBS、フジテレビなど一部民放では夕方や夜のニュース番組では選挙期間中なのに参院選についてまったく報道しない日も目立っていました。
「ネット連動型」報道
――テレビ報道では工夫がなかったということですか。
水島氏 一部のテレビ局ではネット時代に対応した工夫が見られました。たとえばNHKと日本テレビ。ニュース番組のなかで「候補者アンケート」を駆使しても、それぞれの政党が公表する「公約」だけだとなかなか「違い」がわかりにくいものになりがちです。でも、全国の候補者にアンケートして、それぞれの政党の候補者の考え方をグラフなどで図解する工夫をしていました。また、それぞれの局の特設ウェブサイトで最新情報を掲載し、ニュース番組で「二次元バーコード(QRコードなど)」を画面に示して、「くわしく知りたい方はこちらから見るようにしてください」というふうに案内していました。
NHKと日本テレビは昨年の衆議院選挙から同じような「ネット連動型」の報道をテレビでもやっており、有権者にとっては新しいトレンドだと思います。一方でテレビ朝日、TBS、フジテレビなどは従来通りの報道の仕方に終始し、かつ夕方のニュース番組などは選挙報道の数も減っているので、テレビはこの選挙について伝えなきゃいけないというような熱がなく、全体的に「冷めていた」ということができると思います。
――テレビが冷めていたのに、SNSなどで話題を集めたれいわ新選組、NHK党、参政党の選挙活動が話題を呼んで議席を獲得しました。これはどう見ていますか。
水島氏 これらの政党はSNS時代に合った選挙運動をやっていたと思います。たとえばNHK党は政見放送のなかにYouTuberの候補者を登場させて、有名俳優への名誉毀損に当たるかどうかかなりギリギリといえるような大胆な訴えを展開しました。またN党の候補者が「農業党」など政見放送内では別の政党を名乗っていたりと、「えっ? そういう政見放送も許されるの?」と驚くような運動をしていました。
また、参政党もSNSやネットなどの選挙活動を重視してテレビではほとんど放送されなかったのに、最終的に議席を獲得しました。有権者に「自由奔放さ」が新鮮に映った面があると思います。それと比べると既存政党は同じ顔ぶればかり登場して「堅苦しさ」が目立ってしまいました。魅力に欠け、有権者も見るのに飽き飽きした面があると思います。
守られなかった「政治的な公平」
――選挙戦の最終盤に起きた安倍晋三元首相の襲撃事件と死去のニュースはどういう影響を与えたでしょうか。
水島氏 これは難しい問題ですが、事件が多くの有権者に与えた影響は小さくないと私は見ています。それは事件が起きたタイミングが影響していると思います。発生は7月8日(金)のお昼前でした。選挙期間中の平日の最後の金曜日でした。通常、この金曜日は各局の夕方や夜のニュース番組が参院選を総括して「まとめ」を伝えている日です。それが元首相への銃撃と死亡を伝える報道一色に様変わりしました。選挙期間中の平日最後の夕方や夜のニュース番組での「まとめ」の選挙報道は放送されませんでした。
また、放送法が求める公平中立の観点から疑問符がつく放送も目立ちました。たとえば、投開票日の当日7月10日(日)は投票が締め切られる午後8時までの放送は投票行動に影響を与えかねないことから、「政治的な公平」がふだんの放送以上に重視されます。にもかかわらず、投票日当日の投票締切の直前まで、元首相の銃撃や故人を悼む番組が断続的に放送され続けました。一般的に露出が多いほど選挙に有利になるといわれていますが、私の集計では銃撃事件以降、投票締切前までの3日間で30時間近く、参院選報道とは別に「安倍元首相」について放送されています。そのなかには元首相の国内外のさまざまな成果や業績についての放送が長々と続いたものもありました。
テレビの報道そのものが参院選と元首相の死をゴチャゴチャにして報道していたため、実際にどういう影響があったのかついては詳しい分析が必要ですが、投票率が前回を上回った理由には、そうした元首相の銃撃死についての報道が影響しているのではないかと私は見ています。
特に投票日当日の午前中に放送されたフジテレビ「日曜報道 THE PRIME」は、「安倍晋三元首相を悼む 安倍氏の軌跡と日本の今後」をテーマに掲げ、「改憲」を求める活動で安倍氏の盟友とされるジャーナリストの櫻井よしこ氏に安倍氏の「遺志」をめぐって発言させました。放送法や公職選挙法に抵触する可能性がある番組内容だったと思います。
元首相の死が選挙報道を「席巻した」ようなかたちで、混乱のまま参院選の最終盤は終わりました。テレビ報道の劣化を強く印象づけた参院選報道になりましたが、今後、これでよかったのかという検証をテレビ各局やメディア研究者が行う必要があると思います。
(協力=水島宏明/上智大学文学部新聞学科教授<テレビ報道論>)