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片田珠美「精神科女医のたわごと」

92歳男性、親族4人を道連れに無理心中か…「1人で死ぬのは嫌だ」という思考の原因

文=片田珠美/精神科医
92歳男性、親族4人を道連れに無理心中か…「1人で死ぬのは嫌だ」という思考の原因の画像1
青森県六戸町のHPより

 青森県六戸町で4月13日午前1時頃に発生した火災で、左官業で68歳の十文字利美さんの住宅が全焼し、5人の遺体が見つかった。5人の遺体のうち4体は、十文字さん宅で一緒に暮らしていた妻、義母(妻の母親)、次女、孫の女児らしいが、家族以外の遺体も1体あったそうだ。この遺体は、十文字さんの義母の兄で、近くに住んでいた92歳の男性の可能性が高いとして、青森県警は男性の自宅を容疑者不詳の現住建造物等放火容疑で家宅捜索したという。

拡大自殺の可能性

 92歳の容疑者が十文字さん宅に放火したのだとすれば、本人も死亡していることから、拡大自殺を図ったと考えられる。92歳という年齢から見て、老い先短いし、この先いいことは何もありそうもないと人生に絶望して自殺願望を抱いたが、「1人で死ぬのは嫌だ」「1人で死ぬのは悔しい」などと考え、妹や姪を含む親族を道連れに無理心中を図ったのではないか。

 それでは、なぜ1人で静かに自殺せず、他人を道連れにして拡大自殺を図るのか。自殺願望を抱いたとき、その矛先が反転して他人に向けられると拡大自殺に走ることになる。

 単独自殺に向かうのか、それとも拡大自殺に向かうのかの分岐点になるのは、復讐願望の強さである。復讐願望が強いほど、「自分だけ不幸なまま死ぬのは嫌だ」「1人で死んでたまるか」という気持ちが募り、それに比例して「少しでもやり返したい」という復讐願望が強くなる。その結果、周囲の人々を巻き添えにして拡大自殺を図ろうとする。

 欲求不満が強く、孤独な人ほど、復讐願望を募らせる。それに拍車をかけるのが、自分の人生がうまくいかないのは「他人のせい」「社会のせい」と考え、何でも責任転嫁する他責的傾向である。92歳の容疑者に生前この傾向が認められたか否か、周囲の証言を集めるべきだろう。

認知症による被害妄想の可能性も

 92歳という年齢から考えて、容疑者が認知症を患っていた可能性も否定できない。認知症のせいで被害妄想を抱くことは少なくなく、一番多いのは物盗られ妄想だ。記憶があいまいになり、自分の大切な金銭や財産を誰かに盗られたと思い込み、家族や親戚に対して攻撃的になることがある。容疑者は、財産をめぐって十文字さん一家ともめていたという一部報道があるが、もしかしたら被害妄想の影響で怒りや恨みを募らせていたのかもしれない。

 しかも、被害妄想があると、「やられた」「ひどい目に遭った」という被害者意識が強いため、「やられたのだから、やり返してもいい」と自身の攻撃を正当化しがちである。放火殺人は、すさまじい攻撃衝動の表れであり、その根底に被害妄想が潜んでいなかったかどうか、今後検証すべきだろう。

 近隣の住人の証言によれば、燃えている家の車庫の前に、家の人のものではない車が止まっていて、そこにポリタンクが積んであったという。真夜中に、92歳の容疑者が灯油入りのポリタンクを積んだ車を運転して十文字さん宅に向かっている姿を思い浮かべると、背筋が寒くなる。

(文=片田珠美/精神科医)

参考文献

片田珠美『拡大自殺―大量殺人・自爆テロ・無理心中』角川選書、2017年

片田珠美/精神科医

片田珠美/精神科医

広島県生まれ。精神科医。大阪大学医学部卒業。京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程修了。人間・環境学博士(京都大学)。フランス政府給費留学生としてパリ第8大学精神分析学部でラカン派の精神分析を学ぶ。DEA(専門研究課程修了証書)取得。パリ第8大学博士課程中退。京都大学非常勤講師(2003年度~2016年度)。精神科医として臨床に携わり、臨床経験にもとづいて、犯罪心理や心の病の構造を分析。社会問題にも目を向け、社会の根底に潜む構造的な問題を精神分析学的視点から分析。

Twitter:@tamamineko

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