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片田珠美「精神科女医のたわごと」

博多刺殺:寺内容疑者にみる間欠爆発症の人の共通点…警察への相談が過剰反応を誘発か

文=片田珠美/精神科医
博多駅(「Wikipedia」より)
博多駅(「Wikipedia」より

 福岡市のJR博多駅前の路上で1月16日夜、38歳の会社員、川野美樹さんが刺殺された事件で、2日後の18日、元交際相手で31歳の寺内進容疑者が殺人容疑で逮捕された。川野さんと寺内容疑者は福岡市・中洲で同じ系列の飲食店で働いていたことをきっかけに知り合い、昨年春頃から半年間ほど交際していたが、秋頃から関係が悪化し、川野さんが別れを告げたようだ。

 しかし、別れを告げられたあとも、寺内容疑者は職場に押しかけたり、「自分としては別れていない」「怒ったら許さんぞ」というメッセージを送ったりするなどの行為を繰り返していたので、10月下旬、川野さんが県警に「(寺内容疑者に)携帯電話を取られた」「別れを告げても、応じてくれない」などと相談したという。そのため、県警がストーカー規制法に基づく「禁止命令」を出したにもかかわらず、今回の痛ましい事件が起きてしまった。

ストーカーの怒りの根底に潜む自身の過大評価

 寺内容疑者もそうだが、ストーカーの多くは怒りに突き動かされている。自分が別れを告げられた、あるいは振られたという現実を受け入れられず、怒りを募らせるのだ。その根底には、しばしば自分自身の過大評価が潜んでいる。

 男性であれば「こんなにかっこいい俺に別れ話をするなんて」「こんなに優秀な僕を振るなんて」、女性であれば「私はこんなに美しくて優しいのに」などと考える。そのため、相手に愛されない現実を受け入れられず、激しい怒りを覚えることになる。

 このような場合、第三者から見てどうかということはあまり関係ない。客観的に見てどうであろうと、本人が「自分はかっこいい」「自分は優秀」「自分は美しくて優しい」などと思い込んでいれば、その思い込みの強さに比例して怒りが激しくなる。

 こういうタイプは自分を客観的に捉えられないだけでなく、目の前の現実をまっすぐに認識することもできない。だから、たとえ相手が自分を拒否しても、自分に都合良くねじ曲げて受け止める傾向が強い。たとえば、男性なら「あの女性は恥ずかしがっているだけで、本当は僕のことが好きなのだ」、女性なら「あの男性が私とつき合わないのは、私が高嶺の花で手が届かない存在だと思っているから」などと曲解してしまう。そして「相手が恥ずかしがっているのだから、こちらから近づいていかなければ」と考え、ストーカー行為を繰り返すのだ。

 自分自身を過大評価しやすいのは、やはり強い自己愛の持ち主である。寺内容疑者が本人のFacebookに投稿した写真を見ると、自己陶酔しているような印象を受ける。このような自己陶酔も、強い自己愛の表れではないだろうか。

怒りや攻撃衝動をコントロールできない「間欠爆発症」の可能性

 もう1つ見逃せないのは、寺内容疑者が昨年11月、川野さんの職場に押しかけ「何で警察に相談した? 仕事がなくなるだろう」と怒りをあらわにしていたことである。それだけでなく、川野さんの勤務先に電話もかけていたようなので、ストーカー被害を警察に相談されたことに寺内容疑者が強い怒りを覚えていた様子がうかがえる。

 裏返せば、寺内容疑者は自身のストーカー行為を悪いとは思っていなかったし、みじんも反省していなかったことになる。むしろ、川野さんが警察に相談したことによって、自分は職を失うのではないかと危惧し、被害者意識を募らせていた可能性も考えられる。

 だからこそ、強い怒りを覚え、暴走したのだろうが、殺人まで犯すのは、いくら何でもやり過ぎではないか。ここで注目すべきは、母親が電話取材で寺内容疑者について「気は短いと思う」と明かしていることだ。さらに、「どういう時に気が短いと思いました?」と聞かれた母親は「自分の思うようにいかない時や思いがうまく伝わらないとかそういう感じかな。人は殴らないけどモノに当たるかな。壁に拳をあてるとか」と答えている(テレビ朝日系『羽鳥慎一モーニングショー』)。

 あくまでも一般論だが、気の短い人には、「間欠爆発症」が多い。「間欠爆発症」は、怒りや攻撃衝動を制御できない衝動制御障害の一種であり、かんしゃく発作、激しい口論や喧嘩、他人への暴力、モノへの八つ当たりによる破壊などを繰り返す。こうした爆発は、きっかけとなるストレスや心理社会的誘因と釣り合わないほど激しい。

 平たくいえば、「これくらいのことであんなに怒るなんて信じられない」と周囲が驚くほど過剰反応するのが、「間欠爆発症」の人である。軽口や冗談などの悪意のない言葉でも、爆発の引き金になりかねないので、周囲はしばしば困惑する。「かんしゃく持ち」「すぐキレる」などと陰口を叩かれることも少なくない。

 寺内容疑者が、別れを告げられたことや警察に相談されたことに怒りを覚えたにしても、殺人まで犯すのは誘因と釣り合わないほど激しい反応だ。客観的に見ると過剰反応である。このような過剰反応を起こしたのは一体なぜなのか、今後の捜査で慎重に解明すべきだろう。

(文=片田珠美/精神科医)

片田珠美/精神科医

片田珠美/精神科医

広島県生まれ。精神科医。大阪大学医学部卒業。京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程修了。人間・環境学博士(京都大学)。フランス政府給費留学生としてパリ第8大学精神分析学部でラカン派の精神分析を学ぶ。DEA(専門研究課程修了証書)取得。パリ第8大学博士課程中退。京都大学非常勤講師(2003年度~2016年度)。精神科医として臨床に携わり、臨床経験にもとづいて、犯罪心理や心の病の構造を分析。社会問題にも目を向け、社会の根底に潜む構造的な問題を精神分析学的視点から分析。

Twitter:@tamamineko

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