昨年11月に東京都立大学・南大沢キャンパスで同大学教授で社会学者の宮台真司さんが男に刃物で切りつけられ重傷を負った事件で、容疑者とみられる男性が昨年12月に自殺していたことがわかった。1日付NHK NEWS WEB記事によれば、死亡時に41歳だった男性は高校を中退した後は家に引きこもりがちで、外部との接触や職歴は確認できず、両親が用意した別宅で過ごしていたという。
著書やメディア出演の機会も多い著名な社会学者として知られる宮台さんは、容疑者とされる男性の死亡を受け、1日配信のインターネット放送局「ビデオニュース・ドットコム」の番組内で
「気持ちのふんぎりがつきにくい。動機がわからないので釈然としない気持ちで、問題を解決できたという気持ちにならないまま先に進むのが残念だ」
と語っているが、全国紙記者はいう。
「犯行が無差別的なものだったのか、宮台さん個人を狙ったものなのかは不明であり、動機はわからない。その前提で話をすると、宮台さんの著書『終わりなき日常を生きろ―オウム完全克服マニュアル』『世紀末の作法』『まぼろしの郊外』がベストセラーとなり気鋭の社会学者として宮台さんのメディア露出が増え始めた当時、容疑者の男性は中学・高校生だった。この世代には宮台さんの本を読んで大きな影響を受けた人も少なくなく、男性もその一人だった可能性はゼロではないだろう。
宮台さんはイベントなどでかなり過激な表現を使うこともあり、著書では徹底的にロジックを突き詰めて冷徹な目線で社会現象を分析して斬っていき、人々や事象を類型化したり、ときに実名をあげて人物や組織、特定のカテゴリーの人々を批判することもある。そのため、読んだ人のなかには、自分が批判されたと思い込んだり、反論の余地がないほどに的を射る批判をされたと思い込んで宮台さんに勝手な恨みを抱く人もいるかもしれない」
事件を受けて警視庁は公開捜査に乗り出し、昨年12月12日に初めて防犯カメラの映像を公開したが、前出NHK NEWS WEB記事によれば、その映像公開の頃から男性は食事をとらなくなるなど様子が変わり、同月17日に別宅内で遺体で発見されたという。また、2日1日付「集英社オンライン」記事によれば、男性の母親はキリスト系の宗教の信者で近隣住民などを熱心に勧誘していたといい、男性の国民年金も親が負担していたという。
“8050問題”への不安と焦り
なぜ男性は犯行におよんだのか。精神科医の片田珠美氏は次のようにいう。
「宮台真司さんを襲撃した容疑者として警視庁が行方を追っていた男が自殺したため、動機の解明は極めて難しくなりました。
ただ、この男が無職で、引きこもりがちだったという報道がありますので、そういう患者さんを数多く診察してきた精神科医としての長年の臨床経験から申し上げると、『今に見ていろ、俺だって』と思っている方は一定の割合で存在します。もちろん、みながみなそう思っているわけではありません。
なぜこんな気持ちになるかというと、やはり鬱屈した日々を送っているからですね。この男も、野球の強豪校で有名な私立高校に進学したものの、その頃から引きこもりがちになったということですので、何らかの挫折体験があったのかもしれません。その後、就労できないまま年齢だけ重ね、気づいたら40歳を超えていたわけです。両親とも70歳を過ぎているそうですから、“8050問題”に直面するのは時間の問題です。そのことに対する不安と焦りがあったとしても不思議ではありません。
当然、敗北感にもさいなまれますので、一発逆転させて見返したいという願望が生まれやすいのです。だからこそ、『今に見ていろ、俺だって』という心境になり、世間をあっと驚かせるような大きな事件を起こしてやろうと考えることがあります。どんな事件を起こそうとするかは、だいたい2つの流れに別れるようです。無差別殺傷、もしくは有名人襲撃で、宮台さん襲撃犯は後者を選んだのでしょう。
なぜ宮台さんを襲撃したのかについては、容疑者が死亡している以上推測するしかないのですが、宮台さんが有名な社会学者で、若い頃から常に注目を浴びる存在だったということは大きいと思います。宮台さんの何らかの発言に怒りと反感を覚えたのかもしれません。
だからといって宮台さんを刃物で襲って重傷を負わせていいわけでは決してないのですが、容疑者本人が『あいつはあんなけしからんことを言っているのだから、成敗してもいい』と正当化した可能性は十分考えられます。
こういう事件が起きると、『自分も宮台さんと同じ目に遭うのは嫌だから、発言を慎もう』と考え、萎縮する言論人が出てくるのではないかと危惧します。しかも、容疑者の自殺という形で幕引きとなり、動機の解明もできないでしょう。本当にいたたまれない事件です」
(文=編集部、協力=片田珠美/精神科医)