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英語が母語でない研究者の不利益を数値化…ネイティブ話者に比べ膨大な労力・時間

取材・文=逢ヶ瀬十吾/A4studio、協力=天野達也/クイーンズランド大学上席講師
英語が母語でない研究者の不利益を数値化…ネイティブ話者に比べ膨大な労力・時間の画像1
Amano et al(2023)PLOS Biol(作成=天野達也)

「英語が母語でない研究者はどれ程の不利益を被っているか」を定量化した論文が話題を集めている。オーストラリアのクイーンズランド大学で上席講師を務める天野達也氏らが、非ネイティブ研究者の英語に対する負担はかなり大きいとの調査結果を記した論文を、7月18日に科学誌「PLOS Biology」に発表したのだ。そして天野氏は、X(旧Twitter)でも論文に関する下記の投稿をしている。

<英語が母語でない研究者はどれ程の不利益を被っているのでしょうか。日本を含む8か国での調査によって、論文読解・執筆・出版、発表準備や国際学会参加を行う際に、英語ネイティブ話者に比べて非ネイティブは非常に大きな時間や労力を費やしていることを定量化しました>

 投稿ではハンディキャップを数値化した上記図も公開。わかりやすく可視化されていたこともあり共感のコメントが殺到しており、7500以上のいいね、2700以上のリポスト(8月18日現在)がされるほど、大きな反響を呼んだのだ。

 英語が非ネイティブの研究者は英語で活動を行うために、ネイティブの研究者に比べて途方もない時間と労力を費やしており、それにともない経済的な負担も多大にかかってしまっている。そこで今回は天野氏に、英語を母語としない研究者の「言語の壁」についての話を聞き、そこから日本がIT分野などで遅れを取っている現状についても考えてみたい。

研究者個人に委ねられてきた英語習得

「今回の論文を発表したきっかけでもありますが、学術界では英語ができることは前提条件と捉えられており、英語が母語でない研究者が英語にどれだけ苦労しているのか、英語ネイティブ研究者には理解されていない現状がありました。民族的多様性が高いほど科学的革新やインパクトが生み出され、英語が母語でない研究者による科学的知識が世界的課題の解決に重要であることが知られているため、言語の壁は学術界全体にとっての問題でもあります。

 しかし、言語の壁の解決はこれまでほとんど個人の努力に委ねられ、学術界はほとんどサポートを提供してきませんでした。例えばほとんどの学術誌は、非英語圏研究者を支援するためのサポート体制やガイドラインを確立していません。この現状を知ってもらい、学術界全体でのサポートの重要性を示すために、今回の論文を発表しました」(天野氏)

 今回の論文は、あくまで天野氏が専門とする環境保全分野での調査となる。社会科学や人文科学など、ほかの分野でも同じように言語の壁があるのだろうか。

「自然科学の分野では英語での成果発表がスタンダートになってから歴史が長いので、英語で発表しなければならないというプレッシャーが強いと感じています。自分の専門分野外の詳細はわかりませんが、人文科学や社会科学などでも、英語で知識を得なければならない分野においては、今回の調査の定量的な結果は当てはまらなくとも、当然その分野の研究者が感じている英語の壁はあるでしょう」(同)

IT業界では韓国・中国の躍進が著しい

 一方、IT分野などのビジネス界でも、英語が非ネイティブであるという言葉の壁の影響はあるのかも気になるところだ。世界のIT市場では日本企業の存在感は薄く、グーグル、アップル、メタ、アマゾン、マイクロソフトといったアメリカ企業が高いシェアを獲得している。ITの領域では最新情報のリリースなどで英語が用いられることが大半のため、日本人が英語の非ネイティブであることも市場シェアが低い要因なのだろうか。

「非英語圏であることが日本のビジネスや経済にどのぐらい影響があるかという点は、私は専門外のため明言できません。ただ、言語の壁は日本がIT分野で停滞している一因としてあるのかもしれませんが、1980~90年代頃の日本は、世界経済を牽引していたわけですから、英語が非ネイティブだという理由だけではないように感じます。近年も韓国や中国のIT分野における現状を見ると、非英語圏であることだけが、日本のIT業界が遅れている大きな原因というわけではないのではないでしょうか」(同)

 スイスの国際経営開発研究所が昨年発表した「世界デジタル競争力ランキング2022」によると、東アジアの国・地域では、韓国が8位、台湾が11位、中国が17位となっていたが、日本は前年から1つ順位を下げ29位となっている。たしかに韓国ではサムスンがスマホブランド「Galaxy」を擁し世界的に存在感を示しており、中国でもバイドゥ、アリババ、テンセント、ファーウェイなどの成長が著しい。

 人口で見ると日本が約1億2000万人なのに対し、韓国は約5000万人、中国は約14億人。人口の規模感としては日本は韓国に近いが、日本には1億人以上おり、国内向けのみでもビジネスは成立しやすい。一方、人口が日本の半分以下の韓国はグローバル市場を視野に入れないとビジネスが成立しにくいという側面はあるのかもしれない。

「学術界でも似たような傾向があるかもしれません。日本では科学の歴史も長く、日本語で活動できる体制が整っており、日本語で出版されている文献は非常にたくさんあります。さらに最新の研究内容も日本語に訳されていたりと、英語を習得していなくても、日本語だけで科学を学ぶことがそれなりにできる国だと感じています」(同)

AIツールの有効活用が打開策となる?

 天野氏は論文のなかで、個人や機関、学術誌や学会大会などが実行できる解決策も提示しており、適切なAIツールの利用を考えていくことが重要な解決策になっていくと述べている。

「AIの利用にはメリットとデメリットが当然あり、学術界全体の総意としてどう利用していくべきかという結論は、まだ出ていないというのが現状です。生成AIや機械翻訳も含めて、AIツールは英文の校正に有効に使うことができますが、ゼロから文章を書くこともできてしまいます。

 現在、世界のトップの学術誌のひとつである『サイエンス』は、完全にAIの利用を禁じています。我々は『サイエンス』にレスポンスレターを提出し、英語が母語でない研究者の言語の壁による負担も大きいので英文の校正にはAIツールも活用していくべきだと意見表明を行ったのですが、『サイエンス』誌側の結論は変わりませんでした。私の推測ではAIツール活用の利点・欠点を英語ネイティブの立場からしか検討しておらず、非英語圏の言語の壁の問題については理解されていないこととも関係しているのではないかと思います。このようにかなり慎重な姿勢を取っているケースもあるので、しっかりと線引きをしてAIツールを利用していき、学術界全体でも英語が母語でない研究者をサポートしていくべきだと考えています」(同)

(取材・文=逢ヶ瀬十吾/A4studio、協力=天野達也/クイーンズランド大学上席講師)

天野達也/クイーンズランド大学上席講師

天野達也/クイーンズランド大学上席講師

東京大学農学部卒業。現在、クイーンズランド大学環境学部 上級講師。生物多様性の保全科学を専門分野としており、令和3年度日本学術復興会賞受賞。
論文リンク:
The manifold costs of being a non-native English speaker in science

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