害悪を撒き散らす新聞業界のエゴ~日本の会社制度の根幹を揺るがし、自分たちは不当利得
業界最大手の大都新聞社の深井宣光は、特別背任事件をスクープ、報道協会賞を受賞したが、堕落しきった経営陣から“追い出し部屋”ならぬ“座敷牢”に左遷され、飼い殺し状態のまま定年を迎えた。今は嘱託として、日本報道協会傘下の日本ジャーナリズム研究所(ジャナ研)で平凡な日常を送っていた。そこへ匿名の封書が届いた。ジャーナリズムの危機的な現状に対し、ジャーナリストとしての再起を促す手紙だった。そして同じ封書が、もう一人の首席研究員、吉須晃人にも届いていた。その直後、新聞業界のドン太郎丸嘉一から2人は呼び出された。
持株会社には2種類ある。一つは事業持株会社で、自社の本業をもちながら、そのかたわらで他社の事業活動を支配する会社のことだ。もう一つは純粋持株会社で、本業を持たずに、経営を支配する目的で他社の株式を所有する会社だ。
新聞界でも大都も日亜の事業持株会社ではあるが、純粋持株会社ではない。純粋持株会社に移行したのは国民だけで、正式の社名は「国民新聞社ホールディングス」という。
国民新聞を発行しているのは「ホールディングス」の100%子会社の「国民新聞東日本社」と「国民新聞西日本社」の2社で、名古屋以東を「東日本社」、近畿以西を「西日本社」がカバーしている。この2社のほかに「国民新聞出版社」、「国民スポーツ新聞社」、「国民広告社」、「国民地所」などを傘下に置き、テレビでは「国民テレビ」とその系列局を関係会社として連結対象にしている。
頷いた太郎丸嘉一は無言のまま、手酌した。そして、深井宣光に目をやりボールを投げ返した。
「深井君、なぜ秘策か、わかりよるか」
深井が答えられずに戸惑っていると、太郎丸が続けた。
「天然記念物の会社は純粋持株会社だけじゃ。国民新聞を発行しちょる子会社は普通の株式会社じゃ。事業再編でどこかに売りよることだってできよる。つまり、今後の経済状況によって柔軟な対応が可能なんじゃわ」
眉間にしわを寄せた深井が少し考え込んで、問い返した。
「仮に、『ホールディングス』が新聞事業をどこかに売るとします。今売れば、5,000億円くらいにはなるでしょう。『ホールディングス』に多額の売却益が出ます。それは株主のものです。事業持株会社でも同じじゃないですか」
「お主は経済記者じゃないけんのう。全く違うんじゃ。売却益は『ホールディングス』のもんじゃ。株主を支配しちょる経営陣が売却益をどうしよるか自由に決めればええんじゃ。これまでの不当利得を税金で返し、残りは公益事業に寄付しよるとか、いろんなことができよるんじゃ」
「要するに、個々の株主の利益にならないようにできるというわけなんですね」
「その通りじゃ。純粋持ち株会社というワンクッションのない日亜などが今のまま事業再編をしよったら、個々の株主の懐に多額の利益が転がり込むんじゃ。ある一時期に株主だった者だけ得をしよることになれば、社員のモラルは保てんじゃろう」
「最高裁の判決で困るのは日亜ということですか」
「そういうことじゃな。日亜は内部留保が底をつきよるまで身動きが取れんじゃろう」
「それはひどいです。自分のところは影響のないようにして、裁判をするなんて。頓珍漢な判決の影響は新聞業界だけじゃないですよ」
「え、新聞業界以外への影響? それ何だい」
吉須晃人が突然、声を上げた。この時、仲居が「果物」のイチゴを運んできた。少し間を置いて、深井が解説した。
「あの最高裁の判決は会社法の特別法、日刊新聞法に準拠した株式会社の新聞社に限って固定価格を認めたものじゃないんです」
「どういうことだ?」
「日刊新聞法に準拠していようがいまいが、株式会社がルールを作って固定価格で株式を取引することを容認していると読めるんです。そこに、目ざとい税理士や弁護士が目を付け、中小企業経営者に利用させようと動いているんです」