だが、こうした状況になる以前から、アベノミクスに対する懐疑的な声は少しずつ大きくなっていた。
アベノミクスはインフレ・円安を推奨する政策。インフレが進めば円安になり、輸出も内需も拡大し、企業の利益が伸びて経済成長が実現できる。雇用を拡大し、勤労者の賃金を上昇させ、生活は良くなるはずだった。ところが、現実には円安政策によって、石油や農産物の輸入価格上昇が国内の小売価格にまで波及して、国民の生活が苦しくなる輸入インフレの傾向が強くなっている。加えて、円安にもかかわらず、輸出はそれほど増えていない。なぜなら、輸出増に貢献するはずの直接消費者に売る最終消費財の工場は、すでに低廉な労働力の海外に進出済みであり、現在の輸出製品の大部分は機械装置や部品などの資本財・中間財となっているためだ。これでは、輸出先の景気が回復しない限り、輸出増には結び付かない。
●インフレは富裕層だけが得をする
そんな中、異色の経済本が出版された。『99%の国民が泣きを見るアベノミクスで貧乏くじを引かないたった一つの方法』(増田悦佐/マガジンハウス)だ。著者の増田悦佐氏は、ニューヨーク州立大学助教授を経て世界的金融グループのHSBC証券など外資系証券会社で勤務した経歴を持ちながら、米国の経済政策を徹底批判してきたエコノミストだ。増田氏は本書の中で、そもそもアベノミクスのインフレ政策に決定的な錯誤があると指摘している。
「(インフレは)借金のし放題というひと握りの恵まれた連中だけがますます儲けて、ふつうの庶民にはちっとも恩恵が及ばない、まさに国民の99%が泣きを見るような経済状態なのだ」(本書より)
「物価の上昇と通貨価値の下落が継続的に続く状態」であるインフレでは、借金をしても実質負担が減る。儲けられるのは、多額の借金があって、その借金の元本の目減り分が非常に大きい人たち、政府や一流企業、金融機関、個人でいえば一部の金持ちに限られるというわけだ。
それはインフレを目指してきた米国を見ればわかるという。一部の富裕層へ富が集中し、所得上位1%の所有分が2割近くに及ぶ。一方で、飲食業界などの勤労者は低賃金。医療サービスや大学の授業料は値上がりし、貧富の格差を示すジニ係数は日本よりかなり高い。インフレで勤労者の所得が増えるわけではないのだ。
増田氏は本書の中で、アベノミクスを次のように批判する。
「アベノミクスのまぬけさは、インフレで企業利益も上がるが、勤労者の所得も増えるというような絵空事を、政策担当者が真に受けているところに現れている。その悲惨さは14年の春、消費税が現在の5%から8%に上がるころ、日本国民の共通認識になるだろう。くれぐれも、高額商品を消費税増税前になるべく買っておこうなどとは考えないでいただきたい」
●デフレを肯定する意見が相次ぐ
増田氏はこうした最悪な状況を避けるために、なんとデフレの継続を提唱しているのだ。
「デフレで、幸せな国づくり、生活スタイルを考えたほうがいい。それが結果的に、経済成長にも結び付くことである」
そして、日本が不況に覆われた「失われた20年」についても、それまで買えなかったモノが買えるようになってきて、実質GDPが少しずつでも成長を維持してきたのだから悪くはない時代だったと肯定するのである。
デフレになると、リストラが横行し、国民の生活はもっと苦しくなるのではないかという疑念が生じるが、増田氏によれば、こうした意見はインフレ推進派の誤った経済学に毒された考えなのだという。
『99%の国民が泣きを見るアベノミクスで貧乏くじを引かないたった一つの方法』 インフレで物価は上がっても給料は上がらない。消費税増税、円安、TPP参加で、暮らしはますます苦しくなる。不動産を買うな!投資はやめよ!カネを使わないことが唯一の防衛策