●多機能細胞が、どのようにして単機能細胞へと分化するか
不思議なのは、なぜたった1個の受精卵が、まったく似ても似つかない別の細胞に分化するか、ということです。これに関しては、細胞を別の細胞に誘導する物質(オーガナイザー)の存在が示唆されていたのですが、長い間見つかりませんでした。しかし1989年、浅島誠東京大学教授がこれを突きとめました。それがアクチビンAという物質です。
私が、このオーガナイザーの存在に対して最初に抱いたイメージは、「ある細胞を、『うすくち醤油』に浸すと『血管』細胞となり、『刺身醤油』に浸すと『内臓』細胞になる」という感じでした。その「いろいろな濃さの醤油」は、細胞の分化の時につくられます。つまり、分化とは、誘導の連続ともいえるわけです。
ところでこの醤油、もといオーガナイザーの発見は、とてもすごいことなのです。なぜなら、これまで移植用の臓器は、人間から取り出すしかなかったのですが、このアクチビンAの発見によって、特定の臓器を製造することが可能となってきたからです。
私たちは、自分の臓器が壊れてもパソコンの部品のようには交換できません。ドナーの数が少ないという問題だけでなく、私たちの体は、他人の組織が体内に入ると異物とみなし、攻撃を始めるからです。これが「拒絶反応」です。
これを解決する方法は、理屈では結構簡単です。当サイト記事『精子提供サービスの実態と、ヒトのクローンにおける安全面の課題、および技術的進歩』で言及した、自分のクローンをドナーとしてつくればいいのです。そのクローンから臓器を取り出して自分に移植すれば、拒絶反応の心配はありません。
ただ、クローンとはいえ、生きている人間から臓器を取り出せば傷害または殺人となりますし、そもそも、現在ヒトクローンの製造は法律で禁止されています。
ともかく、従来は臓器移植の技術は、「いかに拒絶反応を抑えるか」という点が肝でした。