分化を進めるごとに、細胞に関係のない設計図(DNA)の部分を、墨で塗り潰していったのです(メチル化)。うまいやり方です。これなら、必要な部位の設計図しか残りませんので、変な細胞ができることがありません(例えば、指先に目玉ができるようなことはない)。
しかし、この墨塗りによって、DNAの読み取れる部分がどんどん減っていきます。これが、先ほど説明した「細胞の不可逆性」が起きる理由です。
ところが、iPS細胞技術は、この細胞学の常識をひっくり返しました。
ある特定のレトロウイルス(インフルエンザウイルスと同じようなものという理解でよい)を、DNAの特定の部分に感染させると、なんと、塗り潰された墨の部分が、全て吹き飛ばされて、分化が限りなく0に近い状態のDNAまで戻せてしまう、驚異の「時をかける細胞製造」技術――細胞の「初期化」技術なのです。
この技術によって、
・ES細胞のように受精卵からつくる必要がなく、臓器のみをつくることができるので、倫理・宗教問題はクリア
・自分の細胞からiPS細胞をつくるので、DNAは完全に一致→オーガナイザーに誘導されてつくられた臓器等による拒絶反応はない
バチカン(ローマ法王庁)生命アカデミー会長は、iPS細胞製造技術の成功を「歴史的な成果」と称えたそうです。バチカンは、いつの時代も、先端科学技術と教義との間で悩まされ続けているので、こういう技術は本心からうれしかったのだろうと思います。
さて今回は、ES、iPS細胞技術についての概要をお話ししました。次回、上記の技術を前提として、「同性で子どもをつくることはできるのか」というテーマに対して、論じさせて頂きたいと思います。
(文=江端智一)
※なお、図、表、グラフを含んだ完全版は、こちら(http://biz-journal.jp/2014/03/post_4396.html)から、ご覧いただけます。
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