同誌は新しい法律に関する最高裁事務総局の見解が掲載される雑誌であり、裁判官たちは掲載論文を最高裁による暗黙の「業務命令」と理解する。与党の圧力を受けた最高裁が、論文発表というわかりにくいかたちでカムフラージュして、裁判官たちをコントロールしたとも受け取れる。こうした狡猾なやり口を、最高裁事務総局に勤務経験のある瀬木氏が告発したのだ。さらに、01年の司法研修所の研究会では「謝罪広告についても積極的に認めよ」とも主張されていたという。
このようにして、与党の圧力により、最高裁が名誉毀損の基準をガラリと変え、さらに賠償額は高額化し、言論の自由を脅かしたのである。
●裁判の国際常識を逸脱する日本の裁判所
瀬木氏は同書内で、裁判所が安易に名誉毀損を認めるようになった具体例として、以下の事件を取り上げている。
「週刊文春」(文藝春秋/12年7月19日号)は、日本経済新聞社の喜多恒雄社長が借りている高級賃貸マンションに、同社の女性デスクがたびたび宿泊していると報じた。同社は名誉毀損だとして1億7200万円と謝罪広告を求めて文藝春秋を提訴。この裁判では、女性デスクがマンションに宿泊していたのは事実だと文藝春秋が立証したのを受けて、日経新聞が「女性デスクが宿泊していたのは、同マンションの別部屋に住む十年来の知人A氏宅だ」とする主張を展開した。
しかし、喜多社長とA氏がわずか155戸の高級マンションに偶然住んでいる確率など、ほとんどゼロに等しい。瀬木氏は当サイトの取材に対し、次のように解説する。
「このような事実認定を行うためには、『別の知人』の氏名や、デスクとの関係が明らかにされることが必要です。また、その知人や喜多社長、女性デスクの尋問を行うのが民事裁判の常識であり国際標準です。そうした手続きも踏まずに日経新聞の主張を全面的に認めるのは、非常識も甚だしい。文藝春秋側は、喜多社長や女性デスクの尋問を求めましたが、裁判所はこの本人尋問申請を却下し、陳述書のみで事実認定を行っています。これは、あまりに偏った裁判の進め方、訴訟指揮でしょう。真実性、真実と信じたことの相当性の証明を文藝春秋側に厳しく求める一方で、日経側の主張に対する文藝春秋側の抗弁立証の機会を認めず、結局、真実性や相当性についてきちんとした審理を行わないまま原告の請求を認めてしまっています。こんな偏った裁判で東京地裁は日経側の主張を採用して名誉毀損を認め、文藝春秋に1200万円もの損害賠償を命じ、さらに文藝春秋、日経各紙面への謝罪広告の掲載まで命じたのです。高裁もこれを是認してしまいました。昔なら考えられない裁判の進め方で、手続的な正義がないがしろにされています」