冷凍食品の農薬混入事件を鑑みると、従業員による異物混入が行えないような管理体制の構築が必要な時期に来ているのではないかと思います。また、給食の食中毒では、ノロウイルスを持っていた従業員が、加熱後のパンを検品する際にウイルスを付着させてしまったことが原因とされています。ウイルスはトイレでも見つかっており、従業員がトイレで用を足した後に十分な手洗いをせずに作業を開始したことで、食中毒が発生してしまったと見られています。
学校で子供たちが口にする食品については特に、ノロウイルスなどに汚染されないような管理体制が必要です。仮に、トイレで手を洗わない従業員がいたとしても、ウイルスが加熱後の食品に付着しないような対策を取るべきでしょう。
食中毒などが起きた場合には、謝罪などの事後対応をすることも大切ですが、食品工場の責任者は、24時間365日、工場内で製造している製品に異常を発生させないためにはどうすればいいか、考えるべきです。工場長など、製造責任者の給料が一般従業員よりも高いのは偉いからではなく、常に工場の存続のために動いているからだと、筆者は思います。
食品工場の責任者に、経理など他分野の出身で、食品の製造管理に詳しくない人が就任するケースもありますが、やはり製造責任者は最低限の知識を身につけるべきだと思います。ただし、いくら知識があっても防ぐことができないのが、従業員などによる異物や化学薬品の混入です。
食中毒を予防するための一般的な管理と、そういった人為的な要因を防ぐ「フードディフェンス」の考え方は、まったく異なります。アメリカの品質管理関係者の話では、発生する異物混入のほとんどは、悪意を持った工場内の関係者によるものだそうです。そのため、仮にそういった従業員が工場内にいたとしても、異物混入ができないような管理体制を作る必要がある、と力説していました。
日本の工場であっても、今は日本語があまり流暢でない外国人が働いているケースもあります。また、日本人の場合も「説明しないでもわかるはずだ」「これぐらいは常識だろう」と、十分な指導のないまま現場の作業に就かせることもあるでしょう。
例えば、トイレでの手の洗い方についても、十分な説明がない工場は多いと思います。「なぜ、手を洗う必要があるのか」「トイレで洗い、作業に入る前にもう一度手を洗うのはなぜか」「手を洗っても手袋をするのはなぜか」といったことを、従業員が理解するまで説明を行うことが大切です。
作業着を自宅で洗濯するのもNG
ただし、食品工場の責任者は、従業員教育の前に考えるべきことがあります。トイレでの手洗いの必要性を説く前に、まずは温水で手を洗えるようにしなければなりません。あまりに熱いと手が荒れてしまいますが、冷水のままでは十分に手を洗わない人もいるからです。そのため、手を洗うための適切な水量と温度を整えてから、従業員教育を行う必要があります。
また、ノロウイルスの感染経路を考えたとき、和式のトイレは改善すべきです。例えば、和式のトイレでおなかを壊している人が用を足した場合、作業着のズボンの部分がウイルスに汚染されてしまう危険があります。また、食品工場内で使用する作業着を従業員が管理し、それぞれの自宅で洗濯しているケースが多くあります。しかし、ノロウイルスの汚染や農薬の混入などのリスクを考えると、作業着は工場内で管理するべきです。
食品工場の中には、常に「安全、安全」と、しつこいぐらいに安全について考えるような存在が必要です。多くの人が「作業着は前から自宅で洗っているので」と言っても、頑固なまでに「いや、作業着は持ち帰るべきではない」と言い続けることが大切なのです。
今後、食品工場ではフードディフェンスの担当部門を明確にすることが重要になります。そして、食品工場の責任者は、工場が存続できるように、発生の可能性があるリスクについて常に考え、予防策を講じなければならないのです。
例えば、毛髪の混入などは発生する可能性こそ非常に大きいですが、経営への影響度は比較的低いリスクです。しかし、農薬が混入してしまったら、たった一度の事故でも経営に対するダメージは計り知れません。そして、そういった「思いもよらない事故」が実際に起こり得ると想定し、予防策を考えることが、工場長には求められるのです。
ノロウイルスなどによる食中毒が発生する前に、和式のトイレを改善し、作業着を家庭で洗うことを禁止する――これが、食品工場の責任者が一刻も早く取り組まなくてはならない仕事なのです。
(文=河岸宏和/食品安全教育研究所代表)