筆者は講演で地方に行くことが多いが、ある地方都市では病院関係者から「こんなことは初めて。大きい声では言えませんが、病院としては嬉しい悲鳴です。やはり、有名人とテレビの力はすごい」という話を聞いた。
現在、全国の市町村ではどこでも「受けよう!がん検診」というキャンペーンをやっている。そして、病院に行けば「がんは早期発見で治る」というようなポスターが貼ってあり、医者も「がんは早期発見、早期治療が第一」と言っているが、検診を受ける人はそれほど増えてこなかった。それが、ここへきてのにわかの検診ブームだから、関係者が驚くのも無理はない。
しかし、北斗さんの告白を受けて、テレビなどが「早期発見すれば治る」と報道するのは、がんに対する誤解を助長するだけで、一種のミスリードである。
医者は検診で儲かるからいいが、検診を受ける人間にとってはほとんどメリットなどないからだ。とくに若い女性の方にとっては、乳がん検診は受けても意味がないといっていい。
なぜなら、北斗さんの例が示すように、検診で発見されたときはすでに早期ではないということのほうが多いからだ。北斗さんは毎年欠かさず検査を受けていたにもかかわらず、気づいたときには腫瘍が直径約2センチになっており、さらにはリンパに転移している可能性もあると言われたという。それで、右乳房を全摘出する手術を受けることになった。
有効性を示すデータはない?
今の日本のがん治療は、乱暴な言い方をすれば、早期だろうと後期だろうと、「切り取る」「抗がん剤で小さくする」「放射線で焼き殺す」という3大療法を患者に勧めている。これでは、たとえ治療がうまくいっても「クオリティ・オブ・ライフ」(生活の質)は保てない。
さらに大きな問題点は、乳がん検診がはたして有効であるかどうか、確かなデータがないということだ。近年、乳がんに関しては「マンモグラフィ」検査が主流になったが、乳がんの発見数はそれ以前の3倍以上と大幅に増加したにもかかわらず、乳がんの死亡者数はまったく減っていない。そのため、欧米諸国では乳がん検診をやめてしまったところもある。
欧米で行われている「くじ引き割り付け試験」では、健常な人々をたくさん集めてくじ引きをし、検診するグループと放置するグループとに分けて追跡調査する。そうして、両者を比較するのだが、検診しようとしなくとも死亡率はほぼ同じという結果が出ている。そのため、乳がん検診は「あまり効果がない」とされ、日本のように国から医者、さらにメディアまでもが検診を奨励しているような国はない。
これは乳がんだけの話ではなく、ほかのがんでも同じである。ただ、乳がんにかぎっていえば、50歳以上の人の死亡率を減らせるには検診が有効というデータもある。
いずれにせよ、日本の検診では放置しておいても害のない乳がんまで発見して治療を行ってしまうケースが多い。しかも、発見されれば手術ということになるが、手術の技術は医者によって異なり、下手な医者にかかれば乳房を全摘され、そのうえ抗がん剤治療などによってクオリティ・オブ・ライフを台なしにされてしまう。
かつて、テレビで『余命1カ月の花嫁』(TBS系)というドラマが放映されたとき、医師や患者さんがテレビ局に対して、「20~30代への乳がん検診の有効性に科学的根拠はなく、不必要な検査につながるなど不利益が大きい」と指摘した公開質問状を出したことがある。
乳がんのなかには進行が遅く命を脅かさないものもある。発見されないまま70歳、80歳まで長生きした人もいる。ただ、いまの医学では、悪いがんといいがんを区別できない。これが、もっとも大きな問題だ。
(文=富家孝/医師、イー・ドクター代表取締役)