今日の極論君は、「医者に行くと早く死ぬ」と言っています。常識君は「それは極端な話ではないか」といつもの優等生的な返答です。極論君は大きな書店でたくさんの医療書籍を立ち読みして、「医者に行くと早く死ぬ」といった論調に共感したようです。
本連載前回記事では、テレビは上手に観ないとダメだといったお話をしました。スポンサーと視聴率に多大な影響を受けることは致し方ないことです。同じように、医療もボランティアではありません。そうすると、確かに極論君が指摘するように、無用な検査や投薬、無意味な処置が施されることも皆無ではないでしょう。
なぜなら、日本の医療保険は基本的に国民皆保険です。ですから、誰もが最大で3割負担です。その上、高額医療費制度というのがあり、暦月での支払いの上限がほぼ決まっています。標準報酬月額が83万円以上の人で、
25万2600円+(総医療費 – 84万2000円)×1%
です。つまり、1000万円の医療を受けても負担額は35万円弱です。そして、収入により負担額はどんどんと減ります。詳しくは全国健康保険協会のHPを参照してください。
つまり、診断、治療、リハビリなどの医療がどんどんと進歩を遂げて、そして医療費が高額になっているにもかかわらず、国民が負担する額は極めて低額に抑えられています。日本の医療制度はとても素晴らしいのです。
しかし、極論君が立ち読みした人たちのひとつの意見は、医療費の負担額が少ないからこそ、医療を受ける側も、提供する側も、つい自然と、あるときは作為的に高額な治療に誘導されかねないというストーリーです。そして、それが体にかえって害を及ぼすという警告です。
確かに、レストランでどんなものを食べても少なくとも7割は補助金が出て、そして毎月の支払い額の上限がほぼ決まっていれば、お腹いっぱいで食欲がなくても、また特別高価なものを食べようという記念日でなくても、そして体に悪くてもたくさん注文しそうですね。
素晴らしい医療システムを維持するために
せっかくそんな医療制度に恵まれている日本に住んでいるのですから、われわれは適切な、そして自分に本当に必要な医療を堂々と受ければ、それでいいのです。病院に行って、「できるかぎりのことをしてください」とお願いすれば、当然、病院は必要以上の検査や治療をするかもしれません。病院の収入も開業医の収入も出来高に比例します。つまりレストランの収入と同じです。たくさんのお客さんに入ってもらって、そしてできれば高額のメニューを注文してもらえれば、こんないいことはありません。
そんな光景を目にすると、常識君あたりからは「イギリスのように、総量規制をしてはどうでしょうか」といった意見が出ます。つまり、保険医療として行える年間の使用額を決めるという方式です。確かにそうすれば、医療費の上限が設定できますので国の財政は安定するでしょう。医療費はわれわれの負担金のほか、国の税金で賄われているからです。
しかし、医療が萎縮すれば、今度はどちらか迷う検査や治療は行わなくなります。少々の有益性があっても、費用対効果を考えて施行されないことも起こりえます。それでは不利益も多いように思えます。
現状の素晴らしい医療システムを維持するためにも、適切な医療が行える環境が何より必要です。極論君と常識君の間で、うまい着地点を探すことが必要ですね。
(文=新見正則/医学博士、医師)