「再生医療」は本当に大丈夫なのか。時折、違法診療で注目されるずさんなクリニックの診療体制、莫大な研究費を投じて遅々として進まないiPS細胞(人工多能性幹細胞)の臨床応用……。一般の患者としては、どんな成果を期待できるのか。あるいは何を選択の基準とすればいいのか。
「再生医療等の安全性の確保等に関する法律」、いわゆる再生医療新法と医薬品医療機器等法の施行からほぼ4年。細胞培養の視点から再生医療を俯瞰してみた。
再生医療の明確なビジョンが存在しない
再生医療で必要となる細胞や組織は、増殖・培養しなければならないが、この細胞の製造こそが再生医療の要ともいえる部分だ。
10年近くの間、バイオベンチャーとして再生・細胞医療での培養に関するコンサルティングの実績を積んできたバイオ未来工房の石塚保行氏は、こう断じる。
「専門的な情報や知識から、一般の患者さんがどの再生医療を選ぶか判断するのは無理と断言できるほど難しいのが現状です。なぜなら、この世界は『なんでもあり』だから。混沌として、そのすべてを詳細に説明できる人はいません。特に、細胞はよくわからないことだらけなのです」
再生医療には、あまりにも多くのバリエーションがあり、全体像を意識できるリーダーの戦略的な取り組みが欠如しているといわれる。一研究者や一企業では、再生医療の全体像がまったく見えていないのが現状で、患者であればなおさらだ。一般社団法人日本再生医療学会が、アカデミアの学会として存在し、厚生労働省と呼応して、再生医療制度の確立を進めている。しかし、アカデミアの学会であり、基礎研究の発表の場となっているが、患者に直接必要な臨床研究や再生医療を行っているクリニックへのサポートが少なく、制度の確立を急いでいる感がある。
石塚氏が培養の世界に仕事として関わったのは10年ぐらい前。研究者だった石塚氏に対し、培養した細胞を臨床に使いたいという医師からの熱心な依頼があったことがキッカケだった。
「あの当時から細胞培養の環境も大きく変わってきました。マスコミが騒ぎ、言い方は悪いですが、消費者・患者さんが踊らされているように感じます。再生医療に関する細胞培養のビジネスは、20年ぐらい前にアメリカの企業が線維芽細胞を使った美容治療用のシステムを日本に持ち込んだのが始まりでしょうか。その企業はどこに持ち込めばいいかわからなかったために、複数の大学病院にプロトコルを配布しました。
大学病院が先端的な治療をやるだろうと考えたようです。ところが、目新しい医療に対する取り組みは、大学ではなかなかできない。そうした状況に不満を持った、ある医師が再生医療に取り組むために大学病院を飛び出し、クリニックを開業しました」と石塚氏。
こうした構造は、現在の再生医療でもほとんど変わっていないという。
「大学病院の医師たちは、主に作用機序の解明や理論を中心に考える。しかも、倫理委員会などの規制があり、トライアルなことをできない環境で症例数も稼げない。臨床件数を持てない医師が理論だけでやっている。そうした大学病院は、日本の再生医療のために大きな役割は果たせない。治療という、患者さんに届くアウトカムがほとんど成立していないからです。むしろ民間の意欲的なクリニックのほうが、はるかに高い実績を残しているケースが少なくないのが現状です」(同)
患者の欲望から最も遠いiPS細胞再生医療
再生医療で用いる細胞としては、iPS細胞やES細胞(胚性幹細胞)、体性幹細胞などがある。
「再生医療の中心がiPS細胞であるかのようなイメージが強いですが、細胞治療の供給源としてよりは、疾患の機序や治療法選択への利用、幹細胞研究への貢献など基礎研究的な側面が強い。現時点で、患者さんに届いているiPS細胞を用いた治療は、ひとつもありません」(同)
それにもかかわらずiPS細胞に大きな予算が配分され、メディアもそればかり取り上げる。日本発の技術とはいえ、あまりにも偏った再生医療全体の全体像となっているのではないかという。
例えば、体性幹細胞のひとつである間葉系幹細胞は、軟骨、骨、脂肪、神経や肝細胞、その他組織の細胞へも分化することが報告されている。障害部位に集積する性質を持っており、障害場所で各種サイトカインなどを放出し、細胞を修復するとされている。こちらのほうがより患者さんが求める治療ができるともいえる。
国としてiPS細胞再生医療は推進したいが それ以外はさほど積極的ではなく、むしろ抑制しているとさえ感じられる傾向があるのも事実だ。
人間の臓器の再生はどこまで可能なのか
ところで細胞培養の技術はどこまで進んできているのか。さほど遠くない未来に、臓器そのものを再生できるかのような報道が少なくないが、石塚氏は笑いながら否定する。
「臓器の再現など、まだまだ無理です。人体の機序でわからないことがあまりにも多すぎます。欠損した一部を補うなら可能性はありますが、臓器そのものを最初からつくるなど、まだまだ無理です」(同)
研究や創薬向けの細胞でも機能性の再現が大きな課題だ。仮に多少立体的な構造になったとしても、目的の臓器と同じような機能を持つことが極めて難しいとされる。例えば、肝臓に似た細胞の塊ができたとしても、薬剤を代謝する機能を年単位で維持するまでには至らないのだ。現状、血管や神経系の関与が薄い筋芽細胞シートや口腔粘膜細胞シートなどのシート化技術などに関心が集まっている段階だ。
さらに、培養には研究者の経験に基づく感覚的な技術を含む独自の手法が無数に存在する。自動培養システムなどの話題もあるが、汎用性のあるシステムの確立までにはあまりにも遠い道のりだ。
そもそも再生医療では、角膜上皮や口腔粘膜など、少量かつ小型な自家移植組織、心筋組織や皮膚組織などの複雑な構造を持つ自家移植組織、さらには大量生産が可能となる他家移植組織など、組織によって培養の方法があまりにも多種多様となっている。
一部では、AI(人工知能)を活用した培養システムの構築などといわれるが、石塚氏は疑問を呈する。
「AIは人間が膨大なデータを入力しない限り動かない。その前提となる条件が整った、しっかりとしたデータの集積が存在しないのです。そんな状態で、どうやってAIが動くのですか」(同)
何を基準に再生医療を受ける場所を選択すべきか?
一般ユーザーにとっては、再生医療の未来は非常にわかりにくい。明るく語られすぎる未来像より、自分や家族が受けることができる可能性のある再生医療を具体的に知りたいのだ。
石塚氏は次のように語る。
「日本の再生医療の将来は、硬直化しトライアルな姿勢を見せない大学病院などより、レギュレーションをきちんと守りながら、意欲的で先進的な治療に取り組む民間のクリニックのほうが、可能性があると考えています」(同)
さらには「再生医療の難解な基礎研究の話は、患者さんからは遠すぎる。お肌が健康的になる、膝の痛みがなくなるなど治療感のほうが重要です。そうした患者さんたちの治療効果の欲望こそが、再生医療の未来を切り拓くはずです」とする。
再生医療新法では、その安全性を確保するため、治療で使用する細胞の培養加工施設(CPC)は、国が定めた基準を満たす必要がある。さらに実際の治療のためには、再生医療等提供計画を厚労省に提出し、その内容が専門家などで構成される認定再生医療等委員会で審議されて承認を受けることが義務づけられるなど、さまざまな安全性の確保策が盛り込まれている。
「正直、再生医療には明確な基準があるようでない。その評価システムも確立されていない。テーマが多すぎて基準がつくれないのです。再生医療新法ができたということは、最低限の品質を担保するために一定評価できるではないでしょうか。再生医療では、それぞれのクリニックや病院で独自の技術や数値の表示方法などあり、玉石混交状態。一般の方には非常にわかりにくいのが現実です。さらに問題なのは、明らかに不適切な表現がホームページに載っていても、それを指摘する専門家の声が聞こえないことです。専門家個人で指摘するのは難しい問題もあるでしょうが、今後、学会や認定再生医療等委員会が指摘、指導しても良いのではないでしょうか」(同)
それなら、これほど混沌とした再生医療の世界で、再生医療クリニックを、どう選べばいいのだろうか。
「もちろん、きちんとした届出を行っているか、細胞培養士などの専門職が在席しているかなどの事実関係は見たほうがいいのですが、何より重要なのは、そのクリニックのポリシーだと思います。ドクターと話してみて、その医師は儲けたいだけなのか、何を目的に治療をしているのか、ちゃんと人の話しを聞いてくれるのかなどを知ることができると、おのずと治療費の構成が適切かどうか予測できるはずです。また、特殊なケースかもしれませんが、再生医療を理解している専門家(医師や研究者)が傍にいれば、アドバイスを求めてみてはいかがでしょうか」(同)
日本の再生医療の未来は、本当に患者さんたちの欲望と欲求からなる“見えざる手”に導かれるのだろうか。あるいは、いつかは統一された基準によって提供される医療の質の透明化が可能になるのだろうか。まだまだ目が離せない。
(文=ヘルスプレス編集部)
石塚保行(いしづか・やすゆき)
株式会社バイオ未来工房チーフコンサルタント。農学博士、imidasのバイオテクノロジー担当、東京農工大学非常勤講師。東京農工大学(修士)でアミラーゼの研究、筑波大学(博士)でレニン-アンジオテンシンの研究を行い、その後、食品メーカーや製薬メーカーで研究職を務め、10年前にバイオベンチャーを設立。