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岡田正彦「歪められた現代医療のエビデンス:正しい健康法はこれだ!」

ノーベル賞受賞で話題のオプジーボ、論文に3つの重大な疑義…がん免疫療法の“現実”

文=岡田正彦/新潟大学名誉教授
ノーベル賞受賞で話題のオプジーボ、論文に3つの重大な疑義…がん免疫療法の“現実”の画像1「Gettyimages」より

がんを自然の免疫力で治す」というフレーズで宣伝されている薬が話題になっています。この薬は、最初は一部の皮膚がんだけに限られていましたが、その後、国内では一部の肺がんや胃がんなどの治療にも使用が認められるようになりました。値段があまりにも高いことから話題になったニボルマブ(商品名オプジーボ)もそのひとつですが、いったい、どんな薬なのでしょうか?

 ヒトの体内では、日々がん細胞が自然発生していますが、その大部分は免疫細胞によって破壊され、大事にいたらずにすんでいます。その仕組みは以下のようなものです。まず免疫細胞の表面には、がん細胞を見つけるためのセンサーがあり、相手を認識するとただちに攻撃を仕掛けます。一方、がん細胞のほうもしたたかで、このセンサーから身を隠す盾のような構造物を発現させるのです。

 そこで登場したのが、このセンサーと盾の接触をブロックするワクチン(抗体)をつくるというアイデアでした。原理がわかってしまえば、あとは簡単です。センサーと盾との接触を阻止する抗体、つまりがん細胞を免疫力で破壊する薬は、コンピューターでいくらでも設計できるため、類似品を世界中の製薬企業が続々とつくり始めたのです。それぞれわずかな違いしかありませんから、当然のごとく特許をめぐる争いも起こっています。

 米紙ニューヨーク・タイムズによれば、「あまりに多くの新薬が開発され、あまりに多くの試験が必要となったため、患者が足りない」という事態が起こっています【注1】。すでに1,000件を超える試験が同時進行中で、さらに増える可能性もあるとのことです。加えて、治療対象となるには厳しい条件があり、たとえば肺がんの場合、手術や化学療法などの標準治療をすでに受けていて、進行または再発し、かつ細胞の形も限られたものでなければなりません。

 これらの条件を満たす患者が、名もない病院で治療を受けていることも多く、探し出すのも大変です。結果的に患者の奪い合いとなり、わずか8人しか集まらなかった試験さえありました。最初の薬をつくった米国製薬企業のある役員は、「同じような薬が、いったいこの世にいくつ必要なのか」と、ため息まじりに語ったとの話も伝わっています。

 医薬品の許認可を担う米国食品医薬品局(FDA)も、審査期間の短縮を重視するあまり、厳密なデータをかつてほど要求しなくなっているともいわれています。そこで心配なのは、わずかな人数で試験しただけでは重大な副作用を見逃してしまうのではないかということです。

 ノーベル賞受賞で改めて話題になっているニボルマブについては、幸い582人もの患者を集めることができ、論文もめでたく有名専門誌に掲載されました【注2】。その結果を受けて、米国でも肺がん患者への使用が本年8月に認可されたとのことです。この薬で肺がんが治ったとされる患者が、テレビで連日のように紹介されたりしているのは、ご存じのとおりです。

「生存期間が従来の薬に比べて長かった」の意味

 しかし、この論文には3つの重大な疑義があります。まず、「生存期間が従来の薬に比べて長かった」ことが強調されているのですが、よく読んでみると、それぞれ平均生存時間は、

・この薬を使ったグループ: 12.2ヵ月
・従来の薬を使ったグループ:9.4ヵ月

と、わずか2.8カ月の差しかなかったことです。しかも2年後には、両グループ合わせて10人くらいの生存者しか残っていませんでした。

 第2に、比べた相手が問題でした。タキソテール(商品名)という従来型の薬だったのですが、有名であるにもかかわらず、延命効果がいまだ証明されていないという代物で、深刻な副作用も知られています【注3】。延命効果は本来、偽薬(プラセボ)と比べるべきものですが、都合のいい結果を導き出すための意図が働いていたと思われます。

 第3の問題は、論文に名を連ねた多数の研究者たちが、当の製薬企業から寄付金、旅費、講演料、株などを受け取っていたことでした。

 ほかにも、肺がんの研究者たちが注目している論文があと2つあるのですが、うち1つは、ニボルマブの効果が従来の薬と変わらないことを示すものでした。

 この状況は、胃がんでも同じです。「免疫療法の登場でがんが撲滅される日も近い」などの報道もなされていますが、ありえない話です。ノーベル賞受賞者と製薬企業との間に金銭をめぐるトラブルがあるとのニュースもあり、世間の評価と現実との大きなギャップには戸惑いを感じてしまいます。
(文=岡田正彦/新潟大学名誉教授)

参考文献
【注1】 Kolata G, A cancer conundrum: too many drug trials, too few patients. The New York Times, Aug 12, 2017.
【注2】 Borghaei H, et al., Nivolumab versus Docetaxel in advanced nonsquamous non-small-cell lung cancer. New Engl J Med 373: 1627-1639, 2015.
【注3】 Bonfill X, et al., Second-line chemotherapy for non-small cell lung cancer. Cochrane Database Syst Rev CD002804, 2002.

岡田正彦/新潟大学名誉教授

岡田正彦/新潟大学名誉教授

医学博士。現・水野介護老人保健施設長。1946年京都府に生まれる。1972年新潟大学医学部卒業、1990年より同大学医学部教授。1981年新潟日報文化賞、2001年臨床病理学研究振興基金「小酒井望賞」を受賞。専門は予防医療学、長寿科学。『人はなぜ太るのか-肥満を科学する』(岩波新書)など著書多数。


岡田正彦

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