新築マンション市場が低迷している。一方、中古マンション市場は徐々にではあるが拡大している。すでに、統計上では新築よりも中古市場のほうが取引規模は大きくなっている。
実のところ、中古マンション市場の取引実態を正確に把握する統計数字はない。もっともそれに近いと思われるのが、国土交通省所管である指定流通機構「レインズ」の成約数である。この成約戸数が、民間の調査会社である不動産経済研究所が発表する新築マンションの供給戸数を上回っているのである。よって、中古マンション市場が新築のそれを戸数で上回ったのは確実である。
ただし、中古マンションの売買が成約しても、その取引がレインズに登録されないケースも多々ある。不動産の仲介業者にとって、成約した事例をわざわざレインズに登録することによるメリットはほとんどない。あるとすれば、他の業者に対して「当社はこのマンションでの取引実績があるよ」ということを知らせるくらい。それ以外のメリットは想定し難い。わかりやすくいえば、零細業者にとっては中古マンションの売買仲介が成約しても、その事例をレインズに登録するのは作業が面倒くさいだけ。
だから、中古マンションの取引成約数はレインズが示す数よりもかなり多いと推定される。つまり、首都圏の中古マンション市場は、今や中古が主流なのである。
「需要と供給の関係」で価格が決まる中古
最近、都心においても新築マンションと中古マンションの価格乖離が激しい。例えば、港区の人気エリアでは、新築マンション価格の坪単価1000万円を超えるものが散見されるが、中古でそれを超える取引事例は乏しい。肌感覚では坪単価400万円台が主流だ。新築マンションは広告費予算があるので、派手に露出できる。しかし、中古は「立地」「価格」「プラン」を中心とした、地味なスペック訴求である。
また新築マンションは、半ば熱に浮かされた「パッション買い」が見られるが、中古に関してはそういった需要は僅少。つまり、中古マンション市場の価格形成というのは、新築に比べて需給に基づくので健全な水準に近くなる。
日本の住宅市場は、ほんの半世紀前までは木造一戸建てが中心だった。半世紀前は、まだ住宅の不足感が色濃く残っていた。そういう時期に供給された建売住宅などは、冷静な目で見れば安普請が多かった。だから、築30年程度で建て替え適齢期が来ると、どんどん建て替えられた。
今の日本の中高年以上の世代は、「家は30年程度が寿命」だと思っている。ところが、マンションは築30年程度では建て替えが必要なほど老朽化しない。築30年で建て替えられるマンションはあるが、多くの場合「建て替えたほうが得をする」からだ。その築30年マンションが都心に立地する場合、建て直して床面積を増やし、それを販売すれば元の住戸所有者は負担金なしで新しいマンションに住める。そういったことが可能なマンションでは建て替えの話もスムーズに進む。
しかし、そういったマンションは都心に立地するなどの場合に限られる。ほとんどマンションは建て替えられない。
一方、新築マンションの価格は下がらない。その理由は、土地価格と建築費という新築マンションの主な2つの原価に下がる余地が乏しいからだ。都心の土地は、やや陰りを見せているホテル需要やワンルームマンション、あるいは近年増大するオフィス需要を吸収しなければならない。だから、下落の余地は大きくない。
建築費も下がりにくい。原因は人手不足だ。日本という国は全体的に人手不足だが、建築現場はとりわけ厳しい。現場では外国人を積極的に採用しているが、職工さんたちの労働力はもう何年も売り手市場。新築マンションの価格は基本的に「原価積み上げ方式」だから、原価が下がらないと販売価格も下げられない。
しかし、中古マンションは売主がほとんどは個人。マンションを売るには、それぞれの事情がある。なかには売り急いでいる方も多い。そういう人は「多少安くても」と考えて、交渉に応じるケースもある。中古マンション市場は新築に比べて「需要と供給の関係」で価格が決まりやすいのである。
価格が魅力的になれば、新築を諦めて中古マンションを買う人も多くなる。そういった動きが増えれば、中古マンションの取引はますます活発になる。
中古マンションは減ることはない
欧米では、住宅取引の主流は中古である。日本のように「家を買いました」という人が買った家は「新築が当たり前」というケースは少ない。もちろん、さまざまな条件の違いがある。ヨーロッパはほとんど地震がないので、石積みや煉瓦を使用した家が何百年も住み継がれる。そういった構造の住宅は震度5程度の地震にも耐えられない。
日本では鉄筋コンクリート造でしっかりと耐震性を備えた住宅でないと、30年も40年も住み続けるということは不可能だ。震度5程度なら10年に一度はやってくる可能性が高い。
しかし、震度5でも耐えられる日本のマンションが、この50年以上にわたり毎年一定数が建築されてきた。それらはすべて住宅のストックになる。中古マンションは増えこそすれ、減ることはないのだ。
だから、日本の空家率は今、13%台の後半に達している。今後、この数字はますます大きくなっていくはずだ。その結果、これからの日本では住宅の取引においては中古が中心となる。それは自明の事実でもある。
日本人のなかにはいまだ「家を買うなら新築」という価値観も根強い。しかし、新築と中古の価格差が広がっていく今後、そういった発想は否応なく転換を迫られるであろう。
(文=榊淳司/榊マンション市場研究所主宰、住宅ジャーナリスト)