税務調査、驚異の“事前調査”内容…一見ゴミのような“隠れ資産”まで把握し、追徴課税
元国税局職員、さんきゅう倉田です。好きな勘定科目は「受取利息」です。
税務調査を担当する職員は、自分の管轄を中心に移動することが多くなっています。まれに、調査対象企業が遠方に施設を持っていたり、取引先に反面調査をしたりする場合は、見慣れぬ土地に行くことがあります。
一方で、税務調査に立ち会う税理士の方々は、自分の近隣の個人や法人のみと契約するわけではありません。東京の税理士が大阪の法人と契約していても、なんら不思議ではありません。東京・港区に事務所を構えていても、ド田舎の工場の申告書作成を請け負うこともあります。
山奥の作業場にある試作品
ぼくの知り合いの税理士Aさんが、製造業を営む法人と契約していました。その法人は設立から30年以上続いていますが、初めて税務調査の連絡が来て、2日間の日程を押さえ、対応したそうです。
調査のなかで、山梨の山奥に作業場があることがわかりました。調査担当者は、その作業場を見に行きたいと言います。Aさんは面倒だなと思ったものの、立ち会い料はもらえるし、移動中は事務作業ができるので、社長の了承を得て受け入れることにしました。
自宅から3時間ほど行った山の中に、その作業場はありました。トタン屋根とトタンの壁で形成され、入り口にドアはありません。ドアがないから、鍵もありません。支払う家賃すらもありませんでした。別注の製品をつくるために、年に1カ月ほど籠もって作業をするための場所です。
税務調査官とは12時の待ち合わせだったので、Aさんと社長は11時過ぎには作業場に着き、待機していました。12時ちょうどに「ごめんください」と言って入ってきた職員を見て、2人は驚いたそうです。以前、本社に来た調査担当者以外に、その上司と思われる人物と情報技術専門官、国際税務専門官が同行しており、計4人もいたのです。
情報技術専門官は、機械化会計と電子商取引に関する高度な調査や調査手法の開発を専門に行う職員で、電子商取引の「電」の字もない山の奥になんの用があったのかわかりません。
国際税務専門官は、海外取引に関する調査やその手法の開発をする職員です。確かに、この法人は社長が製造したものを外国人向けに販売していました。外国人が日本にやってくるわけではなく、船便で商品を国外に送っているので、海外取引は少なくありません。
4人は丁寧な挨拶のあと、それほど広くない作業場内を見て回りました。そして、無造作に置かれていた試作品について聞いてきました。
情報技術専門官「これはなんですかね」
国際税務専門官「なんでしょう? 社長、これはなんですか?」
社長「これは試作品です。商品をつくる前に、いくつか試作するんですよ」
情報技術専門官「ずいぶんたくさんありますが、なぜ保存してあるんですか?」
Aさんは、この時点で「まずい」と思っていたそうです。というのは、試作品があることはAさんも知らなかったからです。Aさんから見ると、どうみてもゴミであるものに対し、調査に来た4人が執着している――。自分の想定外の展開が待っている予感がしました。
社長「まあ一応、取っておいてます」
国際税務専門官「社長さんのような技術屋さん、ものづくりのプロは、こういう試作品も売るんじゃないですか?」
情報技術専門官「社長、そうなんですか?」
社長「ええ、まあ、試作品といっても売れますからね」
調査担当者は、ものづくりのプロが試作品も販売すること、そしてそれが棚卸商品として計上されていないことを見抜いていました。社長のつくったものは、試作品だとしても、かなりの価値があります。それが数十個もあれば、増差所得は大きくなります。
結局、これらの大量の試作品は商品として計上され、追徴課税を受けることになりました。
それをどのような方法かはわからないけれど、事前にわかっていて、その情報を集めた職員も一緒にやってきたのです。税務調査で行われることには、すべて理由があります。無駄だと思えることにも、意味があるのです。
(文=さんきゅう倉田/元国税局職員、お笑い芸人)