4~6月に残業すると、1年間の手取り収入が減る?意外に重負担!損しない社会保険料の話
亮子「はあ~」
啓子「ため息なんて珍しいですね。何かあったのですか?」
亮子「給与計算をするたびに、社会保険料の負担の大きさを実感してしまって。社会を支えるために必要なものだし、自分の年金や医療費の自己負担の軽減という恩恵も受けられる大切なものだということもわかっているのだけど……」
啓子「平成29年9月まで、社会保険の一つである厚生年金の保険料の料率も上昇し続けていますしね」
亮子「そういえば、監査法人に勤めていたころ、『5月から7月は残業を減らして、社会保険の負担を軽くして、手取りが減らないようにしている』という先輩がいたよ」
啓子「今は、5月から7月ではなくて、4月から6月ですね。その時期の残業が減れば手取りが増えるという仕組みを知っておいて損はないですね!」
給与明細は情報の宝庫
社会保険料は、給与から控除されて、会社を通じて納付されています。いくら控除されているかといった情報は、給与明細に記載されています。実は、給与明細には社会保険料の削減や節税につながる情報が記載されています。そう考えると、給与明細を見て手取りが増えたか減ったかを確かめるだけではもったいない! 手取り以外の内容についてもチェックしてみることをお勧めします。
以下に掲載するのは、一般的な給与明細です。
【給与明細の前提】
会社員Aさん(夫)は、配偶者(専業主婦)と17歳の子供(扶養家族)と東京暮らし。
月額給与は40万円(基本給40万円、その他の定額の手当なし。この月は残業なし)。賞与なし。
まず、基本給が40万円。そこから社会保険料が控除され、所得税と住民税が控除され、差引支給額が振り込まれることになります。控除された社会保険料や所得税、住民税は、会社を通じて納付されます。
社会保険料の計算方法
社会保険料の金額の計算方法は、以下の通りです。なお、社会保険にはほかに労災保険もありますが、労災保険は会社が全額負担しており、給与から控除されることがないため、計算方法の説明は省略します。
健康保険料・厚生年金保険料・介護保険料=標準報酬月額×各保険料率
雇用保険料=その月に支払われる総支給額×雇用保険料率
さて、健康保険料・厚生年金保険料・介護保険料(以下、健康保険料等)と雇用保険料は、どちらも給与に一定の割合を乗じるという同様の計算方法によっているようにもみえますが、実は両者には大きな違いがあります。
雇用保険料は毎月の給与によって変動しますが、健康保険料等の保険料は毎月変動しないのです。標準報酬月額は原則として年に1度算定されるもので、それにより1年間の保険料が決まるのです。その標準報酬月額は4月から6月の3カ月分の基本給と各種手当等の合計を3で割った金額で計算します。つまり、4月から6月の平均給与を基準に社会保険料が決まるということです。
標準報酬月額には、基本給だけではなく、住宅手当、残業手当、通勤手当等、会社員の労働に対して支給されるものすべてを含みます。ただし、出張旅費や立替金、大入り袋や見舞金等、臨時で受け取るものや年3回以下の賞与は標準報酬月額の集計対象とはなりません(賞与に対する社会保険料は別に計算します)。
そして、4月から6月の給与を基礎に算定された標準報酬月額は、9月から1年間、社会保険料の金額の計算に適用されます。そのため、極端な話、4月から6月(残業手当の支給月が翌月の場合は3月から5月)は残業がとても多くて残業手当をたくさん得られた一方で、それ以降はまったく残業がなかったような場合でも、9月から1年間、4月から6月の残業手当を含めた金額水準の社会保険料を納付しなければならない結果となるわけです。
なお、先ほどのAさんの給与明細は、標準報酬月額を40万円として計算しています。
・健康保険料(健保)= 標準報酬月額400,000円×9.91%÷2(※1) =19,820円
・健康保険料(介護)= 標準報酬月額400,000円×1.65%÷2 (※1) = 3,300円
・厚生年金保険料 = 標準報酬月額400,000円×18.182%÷2 (※1)=36,364円
・雇用保険料 = 月額給与総額400,000円×0.3%(※2) = 1,200円
※1:会社と従業員で折半して保険料を負担するため「÷2」の計算式が入ります。
※2:平成29年度の一般事業の従業員負担分の料率を利用しています。
合計すると、給与40万円から差し引かれる社会保険料は6万684円となります。
なお、社会保険料は、全国健康保険協会ウェブサイトの都道府県ごとの保険料額表(東京都)より「平成29年4月分からの健康保険・厚生年金保険の保険料額表」の料率を乗じて計算しています。実際の給与明細と多少の差が生じる可能性があります。
所得税と住民税
毎月源泉徴収される所得税・住民税は、給与の総支給額から社会保険料計を差し引いた後の金額に対して課せられます。毎月の所得税の源泉徴収額は、源泉徴収税額表を使って以下のように算定します。
まず、課税支給合計額を確認します。課税支給合計額とは、基本給と時間外手当等の諸手当の合計です。ただし、通勤手当は一定額まで非課税なので、ここには含めません。
次に社会保険料の額を確認します。健康保険料・厚生年金保険料・介護保険料・雇用保険料を合計した金額が社会保険料の額となります。最後に「給与所得の源泉徴収税額表」で、「課税支給合計額―社会保険料の額」(=その月の社会保険料等控除後の給与等の金額)と扶養親族等の数の交わるところの額を探します。
Aさんの例では、
・課税支給合計額400,000-社会保険料合計60,684=339,316円
となり、扶養親族が2人いるので、源泉所得税額は6,720円となるわけです。
なお、住民税は昨年の所得に対して10%を乗じて計算する所得割と、所得にかかわらず納付する均等割を合わせて、毎月の給与から控除されることになっています。
残業と手取りの微妙な関係
ここで、Aさんの今年の4月から6月の残業がたまたま多くて、標準報酬月額が50万円となった場合の手取り額について考えてみます。その後は残業がなく、給与が40万円だったとしても、9月分の社会保険料は50万円で計算された社会保険料(雇用保険料を除く)となります。つまり、
・健康保険料(健保)= 標準報酬月額500,000円×9.91%÷2 =24,775円
・健康保険料(介護)= 標準報酬月額500,000円×1.65%÷2 = 4,125円
・厚生年金保険料 = 標準報酬月額500,000円×18.182%÷2=45,455円
・雇用保険料 = 月額給与総額400,000円×0.3% = 1,200円
となり、給与40万円から差し引かれる社会保険料は計7万5,555円となります。扶養親族2名ですので、源泉徴収税額表より所得税は6,110円。住民税は、昨年度の所得をベースにしたものなので変わらないものとすると、手取り額は
・額面給与400,000円-控除等75,555円-所得税6,110円-住民13,200円(昨年の所得に対する額)=手取額305,135円
となります。4月から6月の残業がなかったと考えた場合(手取額31万9,396円)と比べて、毎月1万4,261円手取りが少なくなるというわけです。
もちろん、実際にどれくらい手取りに影響するかは、所得税の税率などによって変わってきますので、人によって異なります。社会保険料が多くなれば、所得税の金額は下がりますし、住民税についても来年の給与から控除される額が下がりますしね。また、社会保険料の納付額が少なければ、将来の年金の額も減りますから、いたずらに社会保険料を減らせばよいとは思いません。
ただ、今回のケースのように、4月から6月に毎月10万円の残業代を得たものの、毎月約1万4,000円(年間約17万円)の手取りが減るとしたら、割に合わない気もしてくるのです。そのため、目先の残業代にこだわりすぎることなく、「その残業は本当に必要か」という視点を持つことが重要だといえるでしょう。
亮子「今思うと、私の先輩は徹底していたな。公認会計士は4月から6月までは繁忙期で、どうしても他の時期より残業が多くなりがちなのに」
啓子「社会保険の仕組みについても常に意識している会計士だからこその努力かもしれません」
亮子「もちろん、社会保険料の納付額が減れば、将来の年金や健康保険からの給付にも影響するけれど、社会保険料の負担が重いな、と思うのであれば、工夫の余地はあるということだね」
啓子「はい。社会保険も広く『税金』だと考えるならば、節税の手段だといえるかもしれません。働き方改革が叫ばれる昨今、まずはしっかりと給与明細と向き合って、無駄な残業を減らすきっかけにしてもらえればと思います」
(文=平林亮子/公認会計士、アールパートナーズ代表、徳光啓子/公認会計士)