がん患者「家族」、計り知れない苦悩 接し方、死後のお金のこと…一人で悩まず支援センター等へ相談を
国立がん研究センターの最新がん統計によると、日本人が一生のうちにがんと診断される確率は、男女とも2人に1人(2018年データに基づく)。ということは、家族や誰か身近な人が、がんと告知を受ける確率もそれ以上あるわけだ。
しかし、がん患者本人に対する支援やサポートは少しずつ整備されてきているものの、がん患者の家族に対する支援はまだ一般的とはいえない。ところが、がん患者の家族は「第2の患者」といわれるほど、患者以上に精神的、肉体的、経済的な負担がかかっている場合もある。
そんな「がん患者を看病する人の日常」を描いた2本の短編ドキュメンタリー映画『がん家族。』が8月にYouTubeなどで公開される。
もっと「がん家族」のことを知ってほしい
短編映画『がん家族。』を制作したのは、一般社団法人Mon amiの理事長、酒井たえこさん。酒井さんは、数年前にがんを患った父親を看病したご自身の経験から、がん家族セラピストとして、がん患者の家族をサポートする活動をしている。酒井さんは、がん患者さんの看病をする家族のことを「がん家族」と親しみを込めて呼ぶ。ここでの「看病」とは、直接的かつ能動的なものだけでなく、気持ちの上で支えになることも含まれる。とにかく、がんの治療と病状に重い軽いがあっても、患者と共に生き(同居ということではない)、支えているのなら、それは「がん家族」なのだ。
酒井さんが目指しているのは、「がん家族が日本中で当たり前に支援を受けられるようになる」こと。そして今回、映画制作を思い立ったのは、このコロナ禍により、さらに、がん家族が大きなストレスを抱えていると感じたためだという。
感染防止で患者との面会は禁止。誰とも接触できない状態のなか、いっそう孤独感を募らせるがん家族が少なくない。「もっとがん家族のことを知ってほしい、がん家族の役に立ちたい」、そんな思いで、昨年のクリスマスイブからクラウドファンディングで映画化の資金を募った。
映画は、酒井さんご自身が、2組のがん家族の生活に4カ月近く密着。しかも、専用のカメラなどではなくスマートフォンにリグを装着し、ガンマイクを外付けして撮影したというから驚きだ。
筆者は、7月末に行われた先行プレ公開で視聴させていただいた。とくに、患者さんとご家族の方が食卓を囲みながら、会話するシーンが、とても自然で印象的だった。映画自体は、患者と同居あるいは別居して患者を看病するそれぞれのがん家族の日常が淡々と映し出されるだけ。ドラマや起承転結があるわけではない。しかし、映像によるインパクトは言葉で伝えるよりも大きく、そこに酒井さんの「がん患者の在りのままの姿を知ってほしい」という思いがひしひしと伝わってくる。
まだ、がん家族を経験していない方はその現実を。すでにがん家族を経験している方は、「こんな普通な感じでも大丈夫なんだ」とちょっと肩の荷が下りるような感じを味わっていただけるのではないだろうか。
映画の一般公開は以下の日程等で行われる予定(無料)
・8月14日~18日(5日間)
<公開場所>YouTube
・8月19日~23日(5日間)
<公開場所>かなやTube
「がん家族」は2つの矛盾した役割を担っている
酒井さんの伝えたい「がん家族の大変さ」というのは、FPかつサバイバーとして、がん患者さんやそのご家族からのピアサポートや相談を受けている筆者も理解できる。
実際の相談は、患者本人以上に、がん家族から受けることも多い。例えば、患者が高齢だったり、体調があまりよくなかったりして、代理として申込される場合もあるし、患者本人がまだがんに罹患したことを受け止めきれておらず、治療やさまざまなことに前向きになれないなど、がん家族がネット情報などから筆者にたどり着いて、相談されるケースもある。
がん家族の負担を重くする原因は、2つの矛盾した役割を担っているためだ。
1つは、がん家族が「第2の患者」と呼ばれるように、大切な人ががんと診断されたことでショックを受け、がん家族自身も治療が必要な患者的側面のポジションにあるということ。実際、多くの調査などで、がん家族の2~3割に強い不安や憂鬱状態が認められることが明らかになっている。
もう1つは、その一方で、がん家族は、患者を支えることが期待されている治療者的側面のポジションにもあるということだ。
このように、がん家族は、「第2の患者」という立場と患者を援助する立場の両方の側面を併せ持つだけに、患者のことを優先させて、自分のことは後回しにしがち。自分が辛くても「患者本人はもっと辛いのだから」と気持ちを抑え込んでしまう。
なかには、患者をサポートするため、寝る間も惜しんで看病に専念したり、「家族ががんで苦しんでいるのに、私だけ楽しむことなんてできない」と、これまで楽しんでいた趣味や娯楽をいっさい断ったりする人もいる。その状態が続けば、心身ともに疲弊してしまうのは当然だろう。
「がん家族」の経済的な悩みはより深刻
冒頭で、一生の間にがんに罹患する可能性は、男女とも2人に1人と述べた。しかし、もう少し詳しくみてみると、その確率は男性65.0%、女性50.2%と15%もの開きがある。
がんになりやすい「がん年齢」は、女性の方が30代後半からと男性よりも早いが、それでも、全体的には男性(夫)のほうががんになる可能性が高い。つまり「第2の患者」となるのは妻である。
近年、がん患者の家族を支えるための「家族外来(家族ケア外来)」を設けている病院も増えつつあるが、ある精神腫瘍科の医師によると「家族外来を訪れる人の約8割はがん患者の妻」だという。
妻は、家族や親戚への告知、医療費や生活費、住宅ローンや子どもの教育費などのやりくり、お見舞いや世話のための通院や自宅での看病、子育て、介護など、その合間を縫って、家計を支えるためにパートや仕事もこなす。かかる負担は計り知れない。
とりわけ、経済的な悩みや問題に関しては、かかる治療費に対する今後の見通しだけでなく、状態によっては、万が一、夫が亡くなった後のことも考えねばならない。とはいえ、がんと闘う夫の前で、死後のことなど言い出せない。その様子を察して、患者本人とは別の日に改めて相談を勧めると、ほっとした表情を浮かべるがん家族も少なくない。
がん患者の就労等に関する実態調査(※)によると、がん罹患後の収入の状況について、がんの罹患時に就労していた人のうち、罹患後にがん患者自身の収入が減った割合は49.4%。世帯全体で収入が減った割合は33.4%となっている。
つまり、患者本人だけでなく、それを支える家族の収入も減り、世帯全体の収入が減少する可能性があるということである。当然のことながら、「パート・アルバイト」や「派遣社員」など、有給などの福利厚生制度などが手薄な雇用形態で働く人のほうが、より影響は大きい。
がん家族の経済的な悩みが深刻なことは、同調査の家族のがんに罹患に関して医療機関から求める支援として、「経済的支援に関する情報提供」が最も多く43.3%であることからも伺える(図表参照)。
がん家族にも相談できる場がある!
もちろん、妻ががんに罹患して悩み、苦しんでいる夫もいる。男性は女性に比べて、第三者に弱音を吐いたり、相談したりといったことが苦手な人が多いような気がするが、最近は、こういった夫から相談を受けることも増えてきた。
相談の内容は、経済的な悩みよりも、がん情報の取り方や治療法の考え方、抗がん剤治療の副作用に苦しむ妻への接し方、子どもへの伝え方など多岐にわたる。
しかし、共働き世帯の増加に伴って、夫が非正規雇用、妻が正規雇用というケースも珍しくない。「今は正社員の妻と一緒だから、住宅ローンや子どもの教育費がまかなえているが、自分一人で家計を支える場合が心配」という場合には、経済的なアドバイスが不可欠だろう。
いずれにせよ、がん家族にも相談できる場はゼロではない。いろいろなことが大変で辛いのであれば、自分ひとりで抱え込まず、病院の医療従事者や、全国にあるがん相談支援センターなどに相談してみよう。前述の「家族外来」のように専門科を設けている病院もあるし、酒井さんのようながん家族を支援するボランティア団体もある。
それでも「相談するほどではない……」と躊躇する人には、次のような資料をお勧めする。いずれも無料でダウンロードできるので、患者に接する今後のヒントが見つかるかもしれない。
●国立がん研究センターがん情報サービス
●NPO法人キャンサーネットジャパン
「【2018年改訂】もっと知ってほしい 大切な人ががんになったとき すべてのがん」
「【2018年改訂】もっと知ってほしい 大切な人ががんになったとき 女性のがん」
「【2019年発刊】もっと知ってほしい大切な人ががんになったとき 血液がん」
(文=黒田尚子/ファイナンシャル・プランナー)