「認知症の老親の銀行預金を引き出せない」問題が深刻化…対処法と成年後見制度の注意点
認知症や判断能力が低下した高齢者の預金が引き出せない……。こうした金融取引に関する問題が、高齢者の増加で深刻化している。この状況を踏まえ、2021年2月、全国銀行協会は認知症高齢者等の預金を親族が代わりに引き出すことを条件付きながら認める方針を示した。
認知症高齢者やその家族にとっては、朗報といえるが、あくまでも条件付きであり、成年後見制度の利用が原則であることに変わりはない。また、指針はあくまでも各銀行の「参考」という位置づけで、対応が各行で全国一律に定められたわけでもない。銀行によっては、以前とそれほど変わっていない可能性もある。
今回のコラムは、認知症など判断能力が低下した高齢者の預金等をめぐる状況についてご紹介しよう。
認知症の親のお金を引き出そうとして「門前払い」に
ここ数年、FP(ファイナンシャルプランナー)として筆者は、老親の親の介護や医療について、ご相談を受けることが増えた。そんな時に多くのシニアが心配しているのが「親が認知症になったら、預金が引き出しできないのでは?」という懸念だ。
基本的に、預金引き出しは本人の意思確認が必要となる。そのため、認知症など判断能力が低下した顧客との取引は、親族から「無効」として銀行側が訴えられる法的リスクがある。したがって、たとえ親族が同行しても、お金を引き出せず、「門前払い」を食らった人も多い。
とはいえ、本人の預金からお金を引き出したり、定期預金を解約したりできなければ、本人の生活費や介護費、医療費がまかなえない。
そこで、銀行から勧められるのが成年後見制度の利用である。成年後見制度は、精神障害や認知症など判断能力が十分でない人が財産管理や身上監護(生活、治療、療養、介護に関する法律行為のこと。施設や病院等への入退所の手続きや契約など)について不利益を被ることのないよう、その人の後ろ盾になってくれる人をつけてもらう制度である。
家庭裁判所が成年後見人等を選任する「法定後見」とあらかじめ本人が任意後見人を選ぶ「任意後見」の2つがあり、認知症が発症し、すでに判断能力が低下してしまった場合には前者のみ。家庭裁判所に申し立てをして後見人を選任してもらうことになる。
成年後見制度のデメリットは?
しかし、成年後見制度には次のようなデメリットがある。
(1)申し立ての費用と手間、時間がかかる
(2)必ずしも申立書に記載した成年後見人候補が選任されるとは限らない(不服申し立ては不可)
(3)弁護士や司法書士など第三者が後見人の場合、報酬が発生する。あるいは親族が後見人となった場合、無報酬で事務的な負担がかかる
(4)本人の財産の資産運用や相続税対策等ができなくなる
とくに利用をためらう要因となっているのは(3)の報酬だろう。成年後見人の報酬に全国一律の基準はなく、本人が所有する財産の額によって異なる。1,000万円以下は月2万円、1,000~5,000万円は月3~4万円、5,000万円以上なら月5~6万円が目安である。おおむね月2~3万円程度が一般的だが、さらに、成年後見人の職務を監督する後見監督人にも管理財産額に応じて月1~3万円かかる。
成年後見人は、本人が死亡あるいは判断能力が回復するまでつくため、仮に月3万円が10年間だとトータル360万円以上。ちょっとした額だ。もちろん、費用は本人の財産から支払われる。
現行では、業務内容の質と量、難易度にかかわらず報酬が定額のため、とくに何も後見されていない(と感じる)のに、費用が一律なのは納得できない人もいるようだ。そこで、2019年1月、最高裁判所では、これらを報酬に反映するよう、全国の家庭裁判所に通知を出している。また、(4)についても、成年後見人をつけた後に「こんな風に制限されるとは知らなかった」と後悔する親族も少なくない。
成年後見人は、本人の財産を守ることが職務であるため、財産を積極的に投資あるいは不動産に担保権を設定する等ができなくなる。相続対策も、財産保全を目的とするもの以外は不可。例えば、生前贈与や現預金を不動産にしたり、不動産の上に建物を建てたりといった、財産評価を逓減させるような「相続税」対策は、財産を相続する相続人のためのものとして認められない。要するに、成年後見制度を利用すると、本人の資産は事実上「凍結」してしまう。
もちろん、成年後見制度には、成年後見人が本人に不利にならないよう財産を管理したり、契約を代理してくれたりといったメリットも大きい。とはいえ、上記のようなデメリットばかりが目につくようで、身内の財産を第三者に任せたくないと、親族は二の足を踏む。実際に、成年後見人を選任していないケースも多く、利用者は伸び悩んでいる。
成年後見制度の利用状況は、2020年12月末時点で約23万人。2013年12月末時点の約17.6万人と比較すると、近年じわじわと増加傾向にあるものの、認知症高齢者数が約600万人(推計値:2020年)もいることから考えると著しく少ない(※)。
※厚生労働省「成年後見制度利用促進に関する現状(概要)」
約6割の銀行は必要な範囲内で本人以外の取引に応じている
国は、なんと成年後見制度普及のために法律までつくっている。2016年5月に「成年後見制度の利用の促進に関する法律」を施行し、翌年2017年3月には、これに基づき「成年後見制度利用促進基本計画」が閣議決定。2018年4月から厚生労働省が「成年後見制度利用促進室」が設置されている。
積極的に制度を推進していきたい国と今一つ消極的な消費者の間に挟まれて苦慮しているのは銀行である。2020年3月21日付の朝日新聞デジタルの記事(※)によると、全国銀行協会が会員113行の回答を元に2019年11月にまとめた、「認知症対応に関するアンケート結果」では、6割超の銀行が、3年前と比べて認知症の顧客との窓口対応で困った件数が「増加している」と回答。困る取引は多い順に「普通預金の入出金」(107行)、「定期預金の預け入れ・解約」(104行)、「運用商品の解約・変更」(53行)である。
さらに、本人との取引が難しい場合の親族らとの取引対応については、「成年後見制度の紹介」(105行)が最も多い。次いで「必要な範囲内で本人以外の取引に応じる」(64行)が挙がっており、約6割の銀行では、すでに親族の引き出しに対応しているという。
※「認知症の人の預金、銀行の6割「親族の引き出し」に対応」(2021年3月21日)
2020年および2021年に全国銀行協会が方針を発表
とはいえ、他行の動向が気になりがちな銀行だけに、指針となるべき業界統一の対応が求められていた。そこで2020年3月、全国銀行協会では、認知症高齢者など、預金者本人の意思確認ができない場合に親族が預金を引き出せる等、対応に関する通達を出している。
HPでは、一般向けの案内資料が公開されており、これによると、以下の資料を揃えれば、引き出しに対応してもらえる可能性が高い。
・預金者本人の(1)通帳、(2)キャッシュカード、(3)銀行届出印
・来店者の(1)本人確認書類、(2)預金者ご本人との関係性がわかる書類(戸籍抄本など)
・お金が必要な理由がわかる資料(入院や介護施設費用の請求書など)
さらに2021年2月には、同協会から、高齢者との金融取引、親族との代理等に関する考え方および銀行と自治体や社会福祉関係機関等との連携に関する考え方が新たに発表された。
ここには、成年後見制度の利用を求める原則は変わらないとする一方、限定的に親族の引き出しに応じることも可とし、その際には、認知判断能力の喪失について本人との面談や診断書提出、担当医への聞き取りなどで確認すること。また医療費明細などの証明書類の有無など、本人の利益に適合する支払いかを確認する旨が明記されている。
ただし、この考え方は、各銀行の参考となるよう取りまとめられたもので、個別の状況等によって、異なる対応が取られるケースもあることが注釈として付されている。銀行の対応が一律になったと早合点しない方が良さそうだ。とはいえ、これまでよりも、交渉がしやすくなったのは確か。消費者としては、銀行業界でのこのような動きを是非知っておきたい。
<参考>
※全国銀行協会「金融取引の代理等に関する考え方および銀行と地方公共団体・社会福祉関係機関等との連携強化に関する考え方について」
2021年7月から認知症高齢者の生命保険契約の有無が照会可
認知症高齢者への対応を強化しているのは銀行だけではない。生命保険協会では、認知症などで保険契約者本人が契約の有無や内容を把握できない場合、親族から照会を受け付ける制度を2021年7月から開始する。
同協会では、これまで自然災害で保険証券などが消失し、給付金の請求ができないなどの場合の対応策として「災害地域生保契約照会制度」を設け、遺族らの照会に対応してきた。今回は、本制度の運用を拡大し、契約者が死亡あるいは認知症を発症したり判断能力が低下したりした場合、同協会が窓口となって家族らから契約の有無について照会を受けられるようにする。
災害時の照会の場合、該当の生命保険契約がある時は、加入している生命保険会社から連絡が来るが、新たに創設される制度の場合、同協会から照会者に直接連絡が来る。ただ、確認できるのは、同協会に加盟している生命保険会社の契約で、損害保険や共済などは対象外。そして、照会結果は、契約のある保険会社名のみで保険商品の種類や保障内容まではわからない。
あとは、契約のあった保険会社に別途問い合わせが必要となるが、保険契約の有無を確認できる方法ができただけでも一歩前進としたい。なお、生命保険協会によると、照会にかかる費用は1件あたり3,000円。照会から回答までにかかる日数はおおむね2週間程度だとのこと。
2019年1月以降の休眠預金は民間の公益的活動の支援に活用
このように、高齢者の増加によって、国や業界では、さまざまな対応策が検討されている。「老親は、あっという間に亡くなって、財産管理のことなど、考えるヒマはなかった」という人も、長生きする限り、いずれ自分自身にも同じ問題が降りかかってくる。
成年後見制度や家族信託など、高齢者の財産管理の方法は、家族構成や状況によってベストなものは異なる。ただ、少なくとも銀行預金については、使っていない口座があれば早めに解約しておくことをお勧めしたい。
2018年1月に「休眠預金等活用法」が施行され、10年間取引がない、いわゆる休眠口座が「休眠預金」とみなさることになった。2019年1月以降に発生する休眠預金は、民間での公益的な活動の支援に活用される。10年過ぎても、届出をすれば預金は戻ってくるが、自分でも口座の存在に気づいていないかもしれない。不安な方は、一度銀行あるいは専門家に相談してみると良いだろう。
(文=黒田尚子/ファイナンシャル・プランナー)