昨年12月、交通系IC「Suica」での決済をめぐるトラブルを描いたマンガがX(旧Twitter)に投稿され、話題を呼んでいた。ある店舗でスマホアプリに登録してあるモバイルSuicaを利用して決済を試みたところ、自身のスマホには決済完了の通知が届いたが、店舗側のレジでは決済エラーになってしまい、商品を購入することができず、さらにその場で店舗側から返金もしてもらえないというトラブルに発展したとのことだ。店員がレジの会社に確認しようとするもサポートセンターの休業日だったため、交通系IC側に問い合わせることに。だが、「すぐに確認できる情報は購入者のスマホで確認できるのと同じ利用金額と日付のみで、それ以上の詳しいデータは担当部署で調査しないとわからないため、後日メールでの回答になる」といわれたという。
このような電子マネー決済時のトラブルはよくあることなのだろうか。店舗側のレジキャッシュレス決済専門家の山本正行氏に解説してもらう。
大前提として交通系ICで決済エラートラブルはほぼ起きない
山本氏によると、まずこのXに投稿されたトラブルはかなり稀なケースのようだ。
「このマンガの内容を見るかぎり、使用したのはSuicaのようですが、Suicaでこういったトラブルが起こったというケースは聞いたことがありません。ですからもしマンガの投稿者が本当にこのようなトラブルに見舞われたのだとしたら、非常にレアなケースであるというのが大前提となります。
そのうえで、こういったトラブルが起こった原因を推察するならば、店員の操作ミスや、店舗側の決済端末の機械トラブルが考えられます。利用者側のスマホアプリでリアルタイムに表示された決済履歴はまず間違いありませんので、投稿者の方のスマホで決済の通知が来たのであれば、決済はきちんとできていたと考えるのが妥当です。アカウントが持つ残高や決済履歴をサーバーで管理して決済などの処理をするため、アプリを利用できて決済通知が来たということは、サーバー通信が正常にできているということですので、このような決済エラーは原則ありえないからです。
Suicaや『PASMO』だけでなく『nanako』『waon』『楽天Edy』などの電子マネー決済では、まずスマホを店舗側の読み取り機にかざして、店の読み取り機から店のレジにデータが伝達されます。ですから、たとえば店の読み取り機とレジ間の伝達ができていなかったり、店員がエラーだと勘違いしたりしていただけで、実はきちんと決済ができていたという可能性が考えられるでしょう」(山本氏)
原因は投稿者側でもモバイルSuica側でもなく、店舗側の機器や店員にある可能性が高そうだ。
店員がすぐに現金で返金してくれれば済んだ話だった?
「ほかには通信の時間差が原因だという可能性もあるかもしれません。コンビニエンスストアや規模が大きな店舗では、一日数回に分けて、まとめて決済データを決済元に送っているため、ちょうどそのデータ通信のタイミングのときにタッチ決済をしていると、決済完了まで時間差がある場合があります。さらにそのタイミングで通信状況が悪い場合は、購入者の電子マネーでは残高が引かれているけれど、その情報がシステム上では反映されていないという状況になる可能性もゼロではないでしょう。ただ、そうしたケースは非常に低い確率なので考えにくいです」(同)
店舗側からすぐに返金してもらえなかったことが問題を複雑化していたように思える。
「たしかに店員がすぐに現金で返金してくれれば済んだ話だったのかもしれません。電子マネーは店舗で決済をキャンセルすることができないため電子的に返金されることはなく、店舗から現金で返金するという対応が一般的です。ちなみに、店舗側で決済エラーになってしまった場合、店舗側から再度決済をお願いされることもあるかもしれませんが、二重で料金を支払ってしまうことになりかねないので、応じないほうがいいでしょう。
二重決済になっていたとしても、店舗も電子マネーの発行元も気付かないままスルーされることが考えられるため、そうなった場合は購入者が自発的に返金を求める必要があります。電子マネーの決済情報の履歴は必ず残りますから、購入者が二重決済に気付いて発行元などに問い合わせて、店舗側に返金請求をすればお金は無事に戻って来るとは思います。けれど、もし自分で気付かなければ取られ損になってしまいますし、自分から返金のために動かなくてはいけないため、いろいろと手間も日数もかかるというわけです。
なお、今回のSuicaの事例と同様、店員の操作ミスによって2回支払ってしまうというトラブルがPayPayなどのコード決済でも発生することがありますので、ご注意ください」(同)
交通系ICの情報は少ないが利用へのハードルの低さがメリット
そもそもSuicaやPASMOなどの交通系ICで利用者が確認できる交通利用以外の決済履歴の情報は利用金額と日付のみしかなく、『物販』と表示されるという簡素な仕様になっていることが、今回の問題が大きくなってしまった一因ではないだろうか。
さらに発行元に問い合わせても、サポートセンターなどでもすぐに詳細の情報を確認することができず、専門部署に依頼する必要があり、返答に日数がかかってしまうとのことだった。他の電子決済サービスのように、利用した店舗、購入した商品、正確な日時などの詳細情報がわからないのは問題のように思える。
「クレジットカードであれば店舗名などが記録され、明細で確認することができます。把握できる情報で見れば交通系ICは簡素な仕組みといえます。いまの時代には不十分に感じる部分はあるでしょう。個人的にも他の電子決済のように、決済情報の詳細がすぐに把握できる仕様に改善してほしいです。ただ、利用した店舗名や商品明細を確認することはできないという事柄は利用約款にも記載されているため、消費者は納得して交通系ICを使用しているということになるのです。
また、確認できる情報が少ない代わりに交通系ICは本人確認も不要で利用できる仕組みになっていたり、チャージ上限が2万円までというように少額での利用が前提になっていたりと、利用へのハードルが低く、その利便性の高さがメリットとしてあります。ですから情報量を最小限にしているおかげで簡易性を高められていると考えられますので、うまく全体のバランスを取っているのではないでしょうか。
ちなみに、交通系ICでもスマホの『Appleウォレット』や『Googleウォレット』に登録していれば、利用した位置情報がきちんと残ります。その場合は利用場所と利用時間を把握することができるので、自分自身で過去の用途を辿ることはできるでしょう」(同)
コード決済の詐欺被害などが増加中…電子マネー決済の注意点
ほかにも電子マネー決済を利用する際の注意点はあるだろうか。
「スマホでは、『Apple pay』や『Google pay』にカードを登録すると、『エクスプレスカード』(Apple Payの場合の呼び方)という画面ロックを外さなくても決済できる機能が利用できます。ですから商品購入時に決済エラーがあっても、そのスマホは認証なしに決済ができてしまえる状態ですから、店員などの他者にスマホを渡してはいけません。
また、オートチャージを設定しているスマホが他人に渡ってしまった場合、電子マネーが自動でチャージされてしまう危険があります。2万円の上限だと思っていた交通系ICが無限に使用されてしまう可能性があるので、オートチャージも設定しないようにしておくのが無難です。不正利用の被害も頻繁に起きていますので、日頃から電子マネー決済の利用状況を確認する習慣をつけておくといいでしょう」(同)
また、電子決済のなかでも、現在は『PayPay』などのコード決済の詐欺被害が増加しているのだという。
「たとえば、購入した商品がなかなか届かずに業者に問い合わせると、PayPayに返金するとの返答があり、業者から送られてきたコードを処理したところ、返金してもらえるどころかさらに残高が抜かれてしまったという被害を聞いたことがあります。ほかにもPayPayなどの電子マネー決済をよく理解できていない人向けにZOOMでセミナーを開き、セミナー主催者がコード決済の送金機能を利用して送金させるという詐欺も流行っていますので、十分注意してください」(同)
(取材・文=逢ヶ瀬十吾/A4studio、協力=山本正行/山本国際コンサルタンツ代表)