実務の「経験談」は、2年で古くなる
–先生が、私企業からアカデミックな世界に入ったいきさつは何だったのでしょうか?
田中 91年に『新広告心理』(電通)という本を共著で出して、学会という世界を知りました。村田昭治先生(日本のマーケティング論のパイオニアの一人、慶應義塾大学名誉教授、2015年没)に誘われて、ドクターコースに籍を置きました。その後、96年に会社を辞め、城西大学経済学部に2年間在籍した後、法政大学の経営学部とビジネススクールに移りました。
–先生はその後、米コロンビア大学に行かれたのですね。
田中 そうです。03年から2年間、コロンビア大学大学院のビジネススクールで客員研究員をしていました。消費者行動の権威であるモリス・ホルブルック先生が、私のボスでした。その間に『消費者行動論体系』(中央経済社、2008年)という本を書きましたが、当時はまだ国内で消費者行動論の本はあまりなかったですね。08年に中央大学にビジネススクールが立ち上がったタイミングで移ったのですが、ゼロからビジネススクールを立ち上げるという面白さがあったこと、受講生が100%社会人という点も魅力でした。
マーケティングを教えるということについてですが、実業経験がダイレクトに生きるかというと、実はそうではありません。ティーチングと研究というのは、実はかなり距離があるのです。働いていた経験や知識がダイレクトにティーチングに影響したり、役立つわけではないのです。働いていた時の経験談というのは、2年もたつと古びて使えなくなってしまいます。特に、社会人の方にマーケティングを教えるとなると、現実の仕事がどうなっているかを常にキャッチアップしないといけません。そこで、企業とのコンタクトは欠かせないものとなります。逆に、社会人から教えてもらうことも多くて助かっていますが。
ネットにより進んだ「マーケティングの民主化」
–インターネットが出現したことで、マーケティングにどのような変化が起こっていると思われますか?
田中 ネットが普及して何が変わったのか、実はまだよく理解されていないのではないかと思います。まず大きいのが、「マーケティングの民主化」が起きたことです。アメリカでも、「democratization of marketing」といわれています。お金がなくても、誰もが広告もリサーチも分析もできる時代になったということです。例えば、大企業でなくても、中小企業でもネット調査ができる時代になってきています。実際、これまで調査などやったことがなかった小さな出版社でも、少額の金額でリサーチを行って戦略を立案するケースがあります。