マーケティングの「ベストプラクティス」とは
–これからのマーケティングアプローチとは?
田中 今や、マーケティングには2つの異なったアプローチが存在していると思っています。今までのフィリップ・コトラーのようなマーケティング理論では、ターゲットセグメントが均質なニーズを持っている、という考えに立脚していました。このターゲット・フォーカス・アプローチ(Target-focused Approach)は今でも続いています。
一方で、プロスペクト・フォーカス・アプローチ(Prospect-focused Approach)があります。あらかじめ、個別にニーズがわかっていない潜在顧客に対して、発見的にアプローチするか、あるいは顧客側から見つけてもらいやすくするアプローチです。簡単にいえば、見込み客を発見し、働きかけ、取引する。こうした手法は、BtoBのような少数の顧客相手や、プロフェッショナルサービス、ソフトウェア産業に向いています。ソーシャル・ネットワーク・サービス(SNS)の役割も、見込み客の中で会話を発生させ、潜在顧客に気づいてもらうことにあるわけです。近年では、プロクター・アンド・ギャンブル(P&G)のような消費財企業もネイティブ広告を活用しながら、こうしたアプローチを用いるようになりました。
–6月にgaccoで無料開講する中大ビジネススクールの講義では、どんな話をされるのですか?
田中 私の講義は、「マーケティングのベストプラクティス」というテーマです。ここでいうベストプラクティスとは、従来のビジネススクールの実務を疑似体験する意味でのケーススタディや、理論の説明としての事例とも異なります。私は、我々が学んで得られる何かがあるような事例をベストプラクティスと呼んでいるのです。
ベストプラクティスを学ぶというのは、事例に出てくることを単にまねして行うのではありません。成功あるいは失敗事例から、ある種の法則性をつかみ取ることを意味しています。それを「構造的学習」と呼んでいます。関係項(セオリー)を抜き出し、抽象化された法則性として学び、それを実践するということです。
ミルボンという美容院向けの商材を生産販売している会社があります。この企業はヘアケアに集中し、美容院向けのヘアケア企業としてシェア第1位でリーダーの地位にいます。ほぼ美容院のみを顧客として、利益率は16%くらいで一般の化粧品会社より倍近く高く、売り上げもずっと伸びています。彼らには製品開発を美容師とともに勧める「顧客代表制」というシステムがあるのです。お客様が何を欲しているのか、そのニーズを把握して解決している美容師をつかまえて、学んで、新製品を開発するやり方をとっています。美容師を顧客の代表として、彼らが欲する新製品を開発して出す、ということを実践して成功しているわけです。
ミルボンの発想は、実はアシックスの前身、オニツカタイガーのマーケティングが手本になっています。オニツカタイガーは1964年のオリンピック当時、トップアスリートにヒアリングして、彼らが欲するものを作って成功していました。それを、まったく異業種のミルボンが学習したのです。これが、ベストプラクティスから学ぶ、ということです。事例から本質を抽出して学ぶというのが「構造的な学び」であり、それが今回の講座の狙いなのです。
今回のgaccoの講義は、マーケティングに関心のなかった方に、特に受講してほしいと希望しています。「マーケティングって、なかなか面白いな」と思っていただければうれしく思います。
–ありがとうございました。