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「黒人は警官に殺されやすい」は本当か? BLMの数学的考察

新刊JP
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※画像はイメージ(新刊JPより)。

 まずは簡単な数学の問題。

・ある朝、庭で10分間かけてカタツムリを探したら23匹見つかった。
・その23匹の殻に油性マーカーで印をつけて、また庭に放した。
・一週間後、また10分かけてカタツムリを集めると18匹集まった。
・その18匹のうち、殻に印がついているのは3匹だけだった。

 では、庭に全部で何匹カタツムリがいるか?

■庭にいるカタツムリの数は?

 これは『生と死を分ける数学: 人生の(ほぼ)すべてに数学が関係するわけ』(冨永星訳、草思社刊)の著者で数理生物学者のキット・イェーツが息子の質問に答えるために行った試算である。

 最初に捕まえたカタツムリが全体に対してどれくらいの割合かがわかれば、カタツムリの数を何倍かして、庭にいるカタツムリの総数を概算できることになる。

 二週目に捕まえたカタツムリのうち、印のあるカタツムリ(最初に捕まえたカタツムリ)は18匹中3匹。ということは3/18が、庭にいるカタツムリの総数に対する印のついたカタツムリの割合と等しくなる。

 だとすれば、最初に捕まえたカタツムリの数を6倍することで、総数(23×6=138)を導き出すことができる。これは単純な計算だが、「捕獲再捕獲法」という、れっきとした数理的手法。ある湖にいる魚の数や全人口の中の薬物依存者の数などを見積もるために使われる。

■「Black Lives Matter(黒人の命は軽くない)」には数学的根拠がある

 この世のどんなものも「数字」からは逃れられない。だから、数学的手法を使えば、ほとんどどんなことでも表現できる。本書はそんなことを物語る刺激的な一冊だが、一方で、イェーツ氏は数字や数学の誤った使われ方(意図的な誤用も含む)に対しての指摘もしている。

 今年、アメリカで始まり、全世界に広がった「Black Lives Matter(黒人の命は軽くない)」運動だが、この運動は実は2014年から2016年にかけても起きていた。その発端は今年と同じ、黒人の市民が白人の警察官に殺害されたことだ。

 この事件によって有色人種コミュニティの怒りが爆発し、大規模な市民運動に発展していったわけだが、「そもそも警察官が黒人の命を軽く扱っている、というのは本当なのか?」と疑問を唱える人もいた。

 確かに、アメリカの警官は引き金を引きたがる傾向がいささか強い。ひょっとすると黒人の容疑者がうろついているのを見ると、引き金を引きたくなるのかもしれない。
しかしまた、アメリカの黒人にとって最大の危険が…そのう…ほかの黒人であることも間違いない。 黒人が黒人に対して行う殺人は、平均すると年間4000件以上発生している。アメリカの警官に殺された黒人の数は――正当か否かはさておいて――年間100人を少し超える程度である。

 これはイギリスの右派ジャーナリストが大衆紙に寄せたコメントである。

 警官が黒人の命を軽視しているように見えるが、実際には黒人同士の争いで殺される黒人の方がずっと多い。つまり、アメリカの黒人が街で恐れるべきなのは、白人警官に職務質問されることよりも、同じ黒人と出くわすことだろう、と言いたいわけである。

 このジャーナリストの言い分を、イェーツ氏は「2017年に犬が殺したアメリカ市民は40人だったが、熊は2人しか殺していないから、熊より犬の方が残忍だ、と言えるだろうか(なぜなら、アメリカには熊よりも犬の方がはるかにたくさんいるのだから)」と一蹴している。

 たしかに、公表されている2015年のデータを見ると、アメリカの警察官が殺した市民の数は1146人で、そのうち黒人は307人、白人は584人だった(残りの255人はどちらでもないか人種不明)。一方で黒人による黒人の殺人の被害者は2380人である。ジャーナリストのいう「年間4000件」はかなり盛った数字だということはさておき、これだけ見ると彼の言い分(2380:307)は一見正しく見える。

 しかし、アメリカの黒人市民は4020万人以上いるのに比べて、警察官は63万人あまり。4020万人が2380人を殺害するのと、63万人が307人を殺害するのとでは、一人当たりにすると8倍以上の違いが出る。母数を見れば、黒人にとっての脅威は、同じ黒人市民ではなく、圧倒的に「警官」だとわかる。

 もちろん、警官が通常武装している点と、職務の性質上、市民よりも武力行使をする機会が多い点は見逃せない。では、警官の側は黒人市民と白人市民を区別しているのだろうか。

 先述のデータを見ると、アメリカの警察官が殺した黒人市民(307人)は、白人市民(584人)の半分強だが、2015年時点でアメリカの白人人口は黒人人口の6倍である。気になるアンバランスだ。だが、安易に結論に飛びついてはいけない。たとえば、貧しい人のほうが犯罪を犯しやすく、黒人の方が貧しい可能性が高いなら、警官が駆けつけた先に黒人がいる可能性は高くなり、したがって射殺される黒人も多くなるだろう。大勢の黒人が警官によって殺されているのは事実だが、その理由についてはさらに詳しく調べる必要がある。

 感染症の広がり方の予測や人口推移の予測、銀行の利子に自分の体の肥満度。世の中のおよそあらゆるものには「数学」が関わっている。「数字も数学も大嫌い」という人は多いが、難しい計算は嫌いでも、自分の生活と関連することであれば、きっと興味を持てるはず。

 私たちが生きる世界の様々な事象を数学で解き明かした本書を読んだ後は、世の中がこれまでとは違って見えるはずだ。
(新刊JP編集部)

※本記事は、「新刊JP」より提供されたものです。

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