21世紀に入ってから、戦争の形式は大きく変わった。
紛争国の正規軍同士が正面衝突するような、武力による戦争は減り、ドローンを駆使した非対称戦やフェイクニュースを用いた情報戦、サイバー攻撃など、直接的な殺し合いをせずにいかに相手に深いダメージを与えるか、というのが21世紀の戦争の姿だ。他国だけでなく自国にも多大な被害を出す正規戦は「コスパ」が悪い。そのことに多くの国は気づいている。
敵国の脆弱性を把握し、適切な戦略を立てれば、自国民に犠牲者を出すどころか、ただの一発の銃弾を放つこともなく、相手を内側から崩壊させられる。『OKI――囚われの国』(杉山隆男著、扶桑社刊)は日本の国防体制の脆さを鋭く突いたシミュレーション小説だ。
■武力を使わず侵略する 日本国防の弱点を突いた「最悪のシナリオ」
島根県・隠岐諸島の島後(どうご)に、漁船に乗った漁師を装った北朝鮮の精鋭部隊300人が入り込み、警察署を掌握。拳銃・実包を没収して無力化する。隠岐諸島には実力を伴った法執行機関が警察と海上保安署しかない。朝鮮半島を臨む国境の島なのに、自衛隊が配備されていないのだ。「北」の部隊はそこを突いたのである。
そのまま「力」でもって島を制圧するなら話は単純だ。しかし、相手の統治方法はそうではなかった。警察、海保、空港を占拠し、島全体を監視下に置くだけで、銃器を使うことはなかった。本土との通信を禁止するわけでもなく、メディアの取材も受け入れる。本土と隠岐諸島を結ぶフェリーも通常運行。公的機関にも普段通り業務することを求めた。つまり、彼らは特に「何もしなかった」のだ。
そして、兵士たちは強く、若々しく、魅力的だった。彼らは住人に危害を加えないことを約束し、島の老人たちの荷物を持ったり、困りごとを解決してやりさえもした。すぐに、彼らは島民からの支持を集めるようになる。
・武力を使わず侵入し、住民に危害を加えないこと
・住民たちの支持を得て、島の生活に浸透すること
これらが、問題に対処する側の日本政府にとってどれだけ厄介な事態かわかるだろうか。この事態が「外国からの侵略」であることはまちがいない。しかし、ただちに自衛隊を出動させることは悪手だ。
実力行使をしていない相手に対して、「島民の救出」という目的で自衛隊が武力を用いれば、戦闘の引き金を引いたのは自衛隊、ということになる。そもそも、島に紛れ込み、生活の中に溶け込んだ精鋭部隊の兵士をどうやって見分け、攻撃するというのか。万が一、島民を誤って殺害してしまったら、日本の国土で外国との戦闘が起こり、国民が犠牲になったということだ。どんなに強固な政権でも吹き飛ぶだろう。
さらに、半島は日本の混乱を煽る一手を下す。数百万人規模の自国民を船に乗せ、難民として日本に送り込んだのである。
「国防」と「自衛隊」。
これらは日本国民の間で意見の相違が大きいトピックだ。「右派」と呼ばれる人々が国防の強化を説けば、「左派」と呼ばれる人々は「軍国主義への回帰だ」と非難し、「右派」は「左派」を「平和ボケ」していると非難する。両者の間には埋めがたい断絶がある。
そして「難民」もデリケートな問題だ。対処を間違えば国際的なバッシングを受けることになる。北朝鮮は、普段は目に見えない日本社会の分断と、世論形成の特徴を理解したうえで、日本の空中分解を試み、混乱に乗じて日本を乗っ取ろうと画策していたのだ。
この事態に対して、日本政府は奇妙な反撃に出る。
粛々と島民たちを船に乗せ、全住民を退避させることにしたのである。北の部隊がそれを阻止するのであれば「住民に危害を加えない」という約束はうそだったことになる。紳士的な侵略者たちの化けの皮がはがれた後であれば、自衛隊を出動させても世論は一定の理解を示すだろう。もちろん、無抵抗に島民を明け渡すなら、それはそれで結構。日本政府は北の部隊を試したのである。では、その作戦についての北朝鮮側の反応は――。
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この作品は日本の国防体制へのジャーナリストとして国防の裏を知り尽くした著者からの厳しいダメ出しでもある。不安定化する世界で起こりうる「最悪のシナリオ」は、スリリングであるとともに、背筋が凍るような冷徹さも備えている。
(新刊JP編集部)
※本記事は、「新刊JP」より提供されたものです。