デジタル技術の発達は、モノの送受信――「遠隔転送(テレポーテーション)」を可能にしている。まるでSFのような話だが、実は、この事実をほとんどの人が数年前には知っているのではないだろうか。
それを可能にしたのは「3Dプリンタ」だ。
文字情報(デジタルデータ)のみのやりとりだったネットワークの世界において、3Dプリンタは物質データを伝送し、モノをやりとりできるようになった。
さすがに一瞬でモノが現れるわけではないが、広義に解釈すれば「遠隔転送」ができるようになったと言えるだろう。
そんなSF的な好奇心を刺激してくれる一冊が2014年に出版された『SFを実現する 3Dプリンタの想像力』(田中浩也著、講談社刊)だ。
本書では、3Dプリンタに代表される「デジタル工作機械」がどのように活用され、どんな可能性を秘めているのかが、実際の研究や創作物をもとに論じられている。
■コンピュータと進化を同じくする「デジタル工作機械」
今や、自宅やオフィスに必ずと言っていいほどあるパソコン。その源流は、冷蔵庫並みの大きさだった「大型計算機」にある。大きさに比してできることはただの計算ではあったが、そこから発展して「ミニコンピュータ」と呼ばれるものが生まれ(それでも今に比べればずっと大きいが)、とうとう鞄の中に納まるほどの「パーソナルコンピュータ」へと進化していった。
その過程でコンピュータは、ワープロ、ビデオデッキ、シンセサイザーなど、それまで独立した機器だったものの機能を取り込み汎用化していった。
デジタル工作機械もそうした進化の流れを踏襲していると著者は語る。工場に設置された大型工作機が小型化、汎用化され、3Dプリンタは今では電子レンジほどの大きさになっている。
ただの計算器にすぎなかったコンピュータが、インターネットでつながることで多種多様なイノベーションを起こしてきたことは既知の事実だ。とすれば、同じような進化を遂げるデジタル工作機械もイノベーティブな役割を果たすのではないだろうか。
各種デジタル工作機械を揃えた実験的な市民工房で、国際的ネットワークをもつ「ファブラボ」は、本書が刊行された2014年の時点で50カ国250カ所以上に展開しているという。ファブラボの活動は多岐にわたるが、ひとつ例を挙げると、物資が乏しい辺境地域などにデジタル工作機械を設置し、住民が自由に使えるようにするという実験がある。
地域住民は、意外にもデジタル工作機械を使いこなし、超音波を発して獰猛な犬を撃退する装置や、自転車を改造した緊急用発電機、牛乳の鮮度や衛生状態などを管理する計測装置など、さまざまなモノをつくり出しているという。まだまだ実験的な取り組みではあるが、こうした活動にはイノベーションを予感させるものがあるだろう。
■「何をつくるか」ではなく「何をつくりたいか」
著者は「3Dプリンタで何がつくれるのですか」という質問をよく受けるという。それに対し、著者は「ワープロで何が書けるのか」「ピアノで何が弾けるのか」といった質問と同じような奇妙さを感じると述べている。
3Dプリンタをはじめとするデジタル工作機械は、既存の何かを効率化したり、つくり出したりするツールというより、試行錯誤や道具との対話の中で新しいものを生み出していくための、創造や発想を刺激する発明ツールだと言える。
そして、3Dプリンタというまだまだ馴染む機会が少ないこのデジタル工作機械は「何をつくりたいのか」を問いかけているのだ、と著者は語る。
今や労せず情報にアクセスできる時代。何事においても「答え」や「正解」らしきものが欲しければ、すぐに手に入れられる。そんな、受け取ること、与えられることに慣れきった感性からは、新たなアイデアや可能性は生まれにくくなるのではないだろうか?
3Dプリンタをはじめ、この先も出現するであろう新たなリアルデジタルツールが、ただ、目新しいツールとして消費されていくのはもったいない。作れるものをつくるのではなく、作りたいものを作るためにツールを活用する。それがツールとの正しい向き合い方なのかもしれない。
(新刊JP編集部)
※本記事は、「新刊JP」より提供されたものです。