「あたたかさ」や「ぬくもり」、そして「絆」。
こういう肯定的なイメージで語られることが多い家族や家庭だが、近年「毒親」という言葉が広く認知されたように、自分の親だからといって必ずしも好きになれるわけではないし、我が子とソリが合わない親もいる。
もっといえば「家族と折り合いがよくない」というだけでは済まないこともある。あまり知られていないが、家庭が殺人事件の舞台になることは思いのほか多いのだ。
日本で起こる殺人の半数は家族間で起きています。(『家族間殺人』(P3より)
『家族間殺人』(阿部恭子著、幻冬舎刊)は、不幸にも家庭という場で起きてしまった殺人事件の動機や背景に迫る。
■家族3人を惨殺 元自衛官の男性が犯行に至った理由
2010年、宮崎県宮崎市で一家三人が殺害される事件があった。加害者の男性は生後五か月の長男を絞殺、その後妻と義母を包丁やハンマーで殺害した。男性には同年に死刑判決が下されている。
男性の行動は許されないものだが、家族の殺害を決意するにいたるまでの背景は見逃せない。結婚し、義母と同居するようになった頃から、男性は気性が激しく支配的なこの義母との関係に悩んでいたという。
男性はもともと自衛官だったが、結婚を機に除隊して土木会社に就職した。ところが、この転身は妻からも義母からも不評だった。彼女たちは「自衛官の家族」というステイタスにこだわるところがあったのだ。さらに土木会社の方は月収21万円と、妻子と義母を養うには心もとなかったことも、男性の家庭内での地位を低くした。
こういった状況で、一家を支配していたのは義母だった。生活はすべて義母が決めたルールに沿わなければならず、風呂も義母より先に入ることは許されていなかった。仕事から帰ってきても食事は用意されておらず、残り物を食べる毎日だったという。こうした毎日に耐えていた背景には、家族を(おそらく金銭的に)満足させられない劣等感があった。
義母は男性を暴言・暴力で苛め抜き、妻はそんな義母を止めることはなかった。眠っているところを蹴られたり、「若いのに寝るな」と布団を取り上げられることもあった。疲労がたまったところに睡眠時間を削られ、正常な判断力が失われていたなかで、殺害は決断された。裁判では生後五か月の息子から殺害し、浴槽に放置し、土中に埋めたことを「無慈悲で悪質」と判断されたが、本書では、家庭内に居場所がなく、子どもと主体的に関われず、絶え間なく苛めを暴力を受け続けていた男性には、「我が子への愛情を感じる期間などなかったのではないか」とも指摘されている。
男性を苦しめたのは義母のモラルハラスメントやDVだったが、「男性は女性より稼ぐべき」「夫は家族を養うべき」という「あるべき家族像」に苦しめられていたとも考えられる。前述の通り、男性の経済状態は決して余裕のあるものではなかったが、そんな状態でもローンで高級車を購入し、家族内での評価の挽回をはかっていたのは何とも象徴的である。
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他人には普段見せない弱点を知りうるのも家族であり、敵に回すといちばん怖いのが家族であると感じます。(P204より)
本書では、様々な家族間殺人の事例から近親憎悪が生まれる背景に迫る。妻からのDVを誰にも相談できず、鬱屈した感情が爆発する形で犯行に至った夫。娘の彼氏に乗っ取られた末に殺人が起こった家庭など、過去に実際に起きた事例の数々からは、家族間殺人が決して特別なものではないことがわかるはずだ。(新刊JP編集部)
※本記事は、「新刊JP」より提供されたものです。