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百舌鳥・古市古墳群が世界遺産に 「仁徳天皇陵古墳」の仁徳天皇はどんな人物だった?

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 日本最大の前方後円墳「大山古墳」(仁徳天皇陵)を含む「百舌鳥・古市古墳群」が、6月30日から7月10日に開かれるユネスコ世界遺産委員会で正式に登録される見通しとなった。

 全長486メートルの大山古墳は、宮内庁が仁徳天皇の陵墓として治定・管理している。ただ、堺市の「仁徳天皇陵古墳百科」によれば、「仁徳天皇陵古墳に葬られている人がだれか、本当はよくわかっていません」という。(*堺市「仁徳天皇陵古墳百科」仁徳天皇陵古墳 Q&Aより)

 一体誰が葬られているのかという点はいったん置いておき、今回は「仁徳天皇」と言う人物にスポットをあてたい。この「仁徳天皇」、日本で最古の現存する正史である『日本書紀』にも登場する。一体どんな人物だったのだろうか。

■日本書紀における「仁徳天皇」は聖帝として書かれているが…

 『『日本書紀』だけが教える ヤマト王権のはじまり』(伊藤雅文著、扶桑社刊)では、歴史研究家の伊藤雅文氏が、『日本書紀』解明を目指し、新しいアプローチ法で古代史の真実に迫り、定説・通説を覆す新説・新解釈を紹介した新書である。

 『日本書紀』における仁徳天皇は、「聖帝」だと美化されていると著者の伊藤氏は述べる。例えば、治世4年の2月に高殿(高台)から百姓の貧窮を見て取り、3年間の課役を免除したり、崩御を記す前の記事にも、朝早くか夜遅くまで仕事をして、課税を軽くするなど、困窮した民を救ったとあるという。

 この「美化」について伊藤氏は、「仁徳天皇の事績は、儒教における徳治主義の理想を書いたようなものである」(p.106より引用)と指摘する。しかし、その一方で、仁徳天皇紀を読むと、聖帝と呼ぶにはふさわしくないような振る舞いや血なまぐさい記事もたくさんみられるとも述べる。

 その一つが多くの大規模な土木事業を立て続けに行っていることだ。

 治水や灌漑などは百姓のためのものと位置づけられるが、とはいえその百姓にとって大きな負担になることは違いない。さらに極めつけが「大山古墳」(仁徳天皇陵古墳)の築造である。この墳丘の造成に多くの労働力が費やされていることは想像に難くないが、つまりは百姓にその負担を強いたということだ。

 他にも、大山守皇子の謀略を菟道稚郎子に密告、菟道稚郎子を自殺に追い込む、隼別皇子と雌鳥皇女を殺害といった逸話が本書であげられている。

 『日本書紀』はこうした内容を含みつつ、仁徳天皇を聖帝であるとイメージづけていると伊藤氏はつづる。そして「『日本書紀』編纂の段階か、その原史料となったものの段階かのいずれかで、儒教をバックボーンとした聖帝を創りあげたいという意向でも働いていたのだろうか」(p.109より引用)と推察するのである。

 2020年に『日本書紀』は完成1300年を迎える。この機会に日本のはじまりが書かれている『日本書紀』に触れてみてはどうだろう。
(新刊JP編集部)

※本記事は、「新刊JP」より提供されたものです。

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