一方Bさんは肺がんの疑いありと診断されたが「もう十分生きました。このまま放っておきたいと思います」と言い、経過を追うだけになった。それから3年後も、元気に外来通院し、以前とほぼ変わらない生活を送っている。直径2センチメートルほどだった腫瘍と思われる陰影は今では5センチメートル以上になっているが特に症状はないという。
名郷氏はこの2人のケースを通して、「どちらが正しい生き方か」ということは分からないと言う。その人の歴史があり、その人なりの事情もある。その一生は個別かけがえのないものであり、一般化することはできない。
しかし、あくまで名郷氏は一般的なデータと照らし合わせて、考えることを試みる。
例えば男性の場合、80歳から90歳になるまでに70%の人が亡くなるというデータがある。がんを克服したとしても、心疾患や肺炎、脳卒中で亡くなることもある。さらにそれを乗り越えて、老衰が待っている。
AさんとBさんは「がんへの対応が命運を分けた」と見なすこともできるが、必ずしもそれだけではない。Bさんはがんを放置して3年以上元気に暮らしているが、がんと関係なく、例えば心筋梗塞で亡くなるということも珍しいことではない。
■致死率100%の現実をどう捉え直すか
個別の物語に引っ張られると、バイアスがかかってしまい、一般化することはかなり難しくなる。
人間は必ず死ぬ。そういう意味では、「生きていること」そのものが致死率100%である。その現実を、何のバイアスもかけず、そこで何が起きているのか観察し、分析する。それが、名郷氏が『「健康第一」は間違っている』で試みていることだ。
本書には「健康第一をやめれば健康になれる」とかそういう俗物的なことは一切書かれていない。名郷氏はEBM(evidence-based medicine)=根拠に基づいた医療についての著作もあり、臨床研究を読み解く力を重要視している。
本書はそうした臨床的な視点から、「健康」を問い直すきっかけを作ってくれる。
健康より大切なものはないのか。
予防や治療によって損なわれているものは何か。
豊富なデータと具体的な例(高血圧や乳がん検診、認知症など)などを通し、ラディカルな医療論を展開する、真摯に医療と向き合った一冊だ。
(新刊JP編集部)
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※本記事は、「新刊JP」より提供されたものです。